1 警官がビルに踏み込んだ
(1)屋上を選んだのは正解だった
アップルビルの屋上では、ジョンの「Don’t Let Me Down」の演奏で盛り上がっていました。それと同時進行する形で、レイ・ダッグ巡査と同僚のレイ・シェイラー巡査がどのビルから騒音が聞こえてくるのか確かめようと通りを行ったり来たりしています。
この点でもビートルズが通りではなくループトップでやったことは正解でした。通りで演奏していたら、駆けつけた警官に直ぐに演奏を止めさせられたでしょう。しかし、彼らには天空からシャワーのように降り注ぐ爆音は聞こえても、ビートルズの姿は見えませんでした。彼らが場所を特定するまで時間を稼げたのです。もっとも、流石にビートルズもホッグもそこまでは計算していませんでした。
(2)まさか屋上で演奏しているとは
ダッグらは、通行人に聞き込み、ようやくアップルビルだと特定しました。その頃には「I’ve Got A Feeling」の演奏が始まっていました。彼らは、アップルビルの玄関のドアをノックし、ドアを開けた社員のジミー・クラークに「ちょっとよろしいですか?」と声を掛けました。
彼らは、応対したクラークに「感心しないな。騒音が外まで漏れてる。」と苦言を呈しました。どうやら、この時点では彼らは、まだビートルズが室内で演奏していて、その音が外に漏れていると思っていたようです。漏れてる程度の音量じゃありませんが、まさか、ビートルズがビルの屋上で演奏しているとは想像できなかったのでしょう。
2 治安妨害
(1)演奏を止めるよう警告した
ダッグは「30分で30件もの苦情だ。すぐ中止して。治安妨害ですよ。署への連行もあり得る。音を下げて。」当時の警察署員の皆さんには本当に同情します。彼らが騒音を撒き散らしたわけではないのに、警察署に苦情が殺到したんですからね。ダッグは、逮捕を匂わせて演奏をすぐに辞めさせるよう求めました。
それに対してクラークは「何曲か演奏するだけです。すぐに終わりますよ。」明らかにこれは、時間稼ぎですね。彼にしてみれば何とかここで粘って、警官が屋上に上がらないよう引き留めておかなければなりません。ダッグ「なぜ外で演奏する必要があるんです?」クラーク「レコーディングです。」説明になってませんけどね。レコーディングならスタジオでやりますから。
(2)本当は逮捕できなかった
ダッグもさすがにクラークが時間を稼ごうとしている魂胆に気付いて「もう結構。音を下げないなら逮捕します。」ときっぱり宣言しました。「逮捕はしたくないが見過ごせない。治安妨害です。」できれば逮捕したくないというのもホンネでしょう。相手がビートルズという国民的英雄ですからね。
もし、これがベテランの警官でおまけにファンだったとしたらどうしたでしょうね?さすがに放置すれば責任を問われるので、見てみないふりはできなかったと思いますが、もう少し演奏させたかもしれません。しかし、19歳の警官であるダッグは、とても職務に忠実で、そんな融通を利かせてくれるような人物ではありませんでした。
ただ、後にダッグが語ったところによると「治安妨害」という犯罪はなく、私有地で騒音を出したからといって逮捕すると不当逮捕になったようです。彼は、まだ経験も浅かったため思わず口走ってしまったのでしょう。
3 本番に間に合わせた
この時に演奏された「I’ve Got A Feeling」がアルバム「Let It Be」に収録されました。すなわち、それだけのクオリティーがあったということです。ビートルズは、あんなにだらけたセッションを続けていたにもかかわらず、いざ本番になるとピリッと気を引き締めてアルバムに収録できるだけの演奏をしたのです。
ポールは、2022年の「Got Back」と銘打ったツアー初日となる4月28日、アメリカワシントン州のスポーケンアリーナでのライヴで、このシーンをスクリーンに映し出し、ジョンとのデュエットを実現させました。それを観た観客は、一斉に歓喜の声を挙げました。私がその場にいたら、感激のあまり涙していたかもしれません。
彼は、それまで何度も自分のツアーでこの曲を演奏してきましたが、このような素晴らしい演出をしたのは初めてです。映画「Get Back」で改めてこのデュエットの素晴らしさが再確認されたことをきっかけに、このシーンをライヴで使うことを思いついたのでしょう。ジョンが生きてさえいれば、いつかどこかでこの演奏ができていたに違いないと思うと残念でなりません。
4 玄関で押し問答が続いた
(1)すぐには上がらなかった
ダッグは「演奏を止めなければ治安妨害で逮捕する」とは言ったものの、すぐに屋上へ向かおうとはせず、しばらく玄関で何か考えごとをするかのように俯いていました。「今すぐ屋上に上がって彼らを逮捕すべきか?それとももう少し様子を見るべきか?」とハムレットのように必死で考えていたんでしょう。
これが窃盗の現行犯なら有無を言わさず即逮捕です。彼の姿を観ていて、はなはだ失礼ながら「犬のおまわりさん」という童謡を思い出してしまいました。対処に困って右往左往しているところがそっくりです。
(2)押し問答が続いた
彼は、相手を代えて受付のデビーという女性社員に話しかけました。「無用な騒ぎでしょ?あなただって…。」デビー「私は事情を知りません。実際の話…。何かの特番だと聞いてます。確か映画と。」彼女は、正直に話していますね。本当にそれだけしか知らされていなかったのでしょうから。彼女と話してもラチが開きません。
ダッグがベテランなら、責任者を呼ぶか自分で屋上へ上がったでしょう。ダッグ「それでもこんなの無用でしょ?バカげてる。署でも聞こえてるんですよ。」デビー「今、デレク・テイラー(広報担当者)を探しています。すぐに来ますから。」
ビートルズは、アップルの社員と警官がこんなやり取りをしていることなどつゆ知らず、演奏を終えて気分が良さそうです。ジョン、ジョージ、リンゴは、屋上から通りを見下ろして、随分人が集まってるなと呑気に構えています。玄関には警官が来てるんですがね。
(3)おばさんは激怒した
ここで前作にも登場したあの有名なおばさんがインタヴューに応えます。「意味が分からないわ。寝てたのに起こされた。最悪よ。」どうやらお昼寝をしていたところをビートルズに叩き起こされちゃったみたいですね。そりゃ、怒って当然でしょう。彼女だけでなく通行人の中には苦言を呈する人が何人かいました。
5 警官とスタッフの必死の攻防
(1)マルが応対した
しばらく騒音が止まったので、ダッグは、ビートルズが演奏を止めたのかと思ったかもしれません。しかし、それは単に曲と曲との間の空白の時間だっただけで、しばらくするとまた騒音が聞こえてきました。次は「One After 909」です。この演奏も「Let It Be」に収録されました。真冬のロンドンのビルの屋上で冷たい風が吹きすさぶという最悪のコンディションで、彼らは、アルバムに収録するに足りるクオリティーの楽曲を次々と演奏したのです。
ダッグは、それでもまだ動きません。責任ある立場のスタッフが来るのを待っているようです。これも結果的にはラッキーでしたね。彼らがすぐに屋上に昇っていれば、ここから後の曲は演奏できなかったかもしれませんから。
ダッグは、こう着状態にしびれを切らして警察署に電話しました。おそらく上司の指示を仰ぐつもりだったのでしょう。しかし、マルが降りてきたので電話を途中で切って彼と話しました。
(2)ヤバいことになった
ダッグ「別に難しい話じゃない。録音は分かるが無用でしょ?数10分で苦情が30件です。言い訳は結構です。中止しないと逮捕者が出ますよ。脅しではなく本当です。」
マルも必死で弁解しました。「自分の音が聴けるようPAが必要なんです。PAを切ります。」ダッグ「切って。」マル「ええ。楽器だけならうるさくない。PAを切ってそれで様子を見ます。」ダッグが一応治ったので、マルは、慌てて屋上へ引き返しました。おそらく内心では(ヤバい。警官が来た。逮捕される。)と焦っていたのでしょう。
ダッグは、「参ったな。」と思わずぼやきました。どうやら彼は、温厚な人柄のようですね。血気盛んな若者だったら、スタッフの制止を振り切って屋上へ駆け上がり、アンプの電源を切っていたでしょう。そう考えると「ルーフトップ・コンサートは、いくつもの幸運が重なって史上稀に見る劇的なドラマになった。」とも考えられます。
6 やっと屋上だと気づいた
ダッグ「防音じゃないんですか?」 と尋ねました。この時点でもまだ彼は、スタジオでレコーディングしているものだと思っていたようです。ビルの屋上で演奏することがいかに突飛な発想だったかがうかがい知れますね。
デビー「屋上ですよ」クラーク「録音はスタジオで済ませてます。今演奏してるのは撮影のためで」 デビー「 映画と言いましたよ」クラーク「大作です」
ここで初めてシェイラー巡査が口を開きました。「映画なら音はダビングできるでしょ」デビー「撮るのはライヴなんです。生で演奏しないと」 ダッグたちは、口をつぐんでしまいました。何だかデビーにうまく言いくるめられてしまったみたいですね。
(続く)
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