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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その14)ついにキャヴァーン・クラブを卒業

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ビートルズは、1963年前半にはファンから熱い視線を浴び、ショービジネスの世界で、彼らが少しの間位は注目を集めるであろうと自覚はしていました。彼らは、まだこの時点では、自分達の人気がリヴァプールを超えて、どうしようもない程どんどん広まり、ファン達の絶叫に包まれることを素直に喜んでいました。 2月から5月にかけて彼らは初の国内ツアーを行いましたが、彼らのファンはこの頃からイギリス全土で増え始めます。ツアーをやったこと自体は良く知られているんですが、意外にもそれに関する公式な記録があまり残って無いんです。彼らもまだ、ようやく売れ始めた頃でしたから、誰もちゃんと記録して無かったんですね。
 
 
その後、イギリスのバンドであるマリスのリード・ヴォーカルだったマーティン・クリージーが、当時のツアーの状況、つまり、ファンの反応や態度、警備体制、そして、熱狂的なファンの群れを掻い潜って、安全に4人のスーパースターを会場に入場させるために採ったありとあらゆる方法について、詳細に調査して出版しました。彼は、この頃の状況について、第一級の研究をしたといえます。彼は、新聞、雑誌、ビデオ・アーカイブを調べただけでなく、さらにスタッフ、リポーター、チケットを持っていたファンからプロモーター、舞台係と地元の権威的な存在であった人々まで多数の人々と面談しました。

 

ビートルズは、1963年〜1965年に6回のツアーで126回のナイト・コンサートをやりました。始めの頃はヘレン・シャピロなどの売れっ子の歌手が主役でしたが、そのうちビートルズが売れてくると、当然のようにプロモーターは彼らを主役に据えました。もうビートルズ以外の歌手達は、出演していたことすら忘れ去られてしまいました。ビートルズという新参者が彼らの名声を吹き飛ばしてしまったんです。彼らは絶滅を待つ恐竜のように、それを受け入れるか、悲しむか、辞めていくかしかありませんでした。ツアーの間には色んな事件が起こりました。今程警備が厳重ではなかったため、ファンに楽器を盗まれたり、車を壊されたり、怪我をさせられたりしましたが、こんなことは日常茶飯事でした。

  

楽器を盗まれたといえば、ジョンがデビュー直前の1962年9月10日にジョージと一緒に、リヴァプールにあったラッシュワース楽器店で£161で購入したアコースティック・ギターギブソンJ-160Eが1963年12月にフィンスベリーパークのアストリア劇場で行ったクリスマスショーの時に盗まれてしまいました。このギターは、記念すべきデビュ―シングル「Love Me Do」などビートルズ初期の数多くの曲を作曲したり、演奏したりした貴重なものなんです。ジョンは、売れない頃は安物のギターを使っていましたが、売れるようになってやっと高級なギターを買ったのに、1年ちょっとで盗まれてしまうなんて…。これは彼のお気に入りのギターの一つで、良く嘆いていたそうです。ビートルズのロード・マネージャーだったマル・エヴァンスが、うっかりバックステージに置いたままにしておいた間に盗まれたので、ジョンが「マル、早くオレのギターを取り戻して来いよ。」といつも言ってたそうです。

 

それが様々な人の手を渡り歩いて、2015年11月にアメリカのカリフォルニアでオークションに出品され、何と日本円で約3億円!(◎_◎;)で落札されました。ビートルズの楽器について詳しいアンディ・バビュイックの鑑定によれば、ギターのシリアルナンバー、木目、サウンドホール近くのキズやピックガード等の写真やビデオから見た特徴から本物である事は間違い無いとのことです。ジョンの使った楽器は他にもあるんですが、所有者が手放さないため、市場に出ることは滅多にないそうです。これを手に入れた人は、アメリカの骨董店で購入したそうですが、その人も友人に指摘されて初めて気づいたそうです。世の中、お宝は探せばあるもんなんですね(^^ゞ

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国内ツアーが大成功を収め、ビートルズはスターの仲間入りを果たし、とうとう1963年8月3日、約2年半の間300回近く出演したキャヴァーン・クラブでの公演を終えることになりました。そうです、もはや彼らはリヴァプールの小さなクラブに収まるようなバンドではなく、メジャー・バンドになったのです。彼らが公式にここを去ると宣言したわけではありませんが、スターの仲間入りを果たし、国内ツアーで大きな劇場を満杯にするようになった彼らが、二度とここへ戻ってくるはずがないということは、地元のファン達も分かっていました。最終公演のチケットは7月21日の午後1時30分に発売され、30分で売り切れました。「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒットした時、地元の女性ファンが「私のビートルズが遠い所へ行っちゃう」と泣き叫んだそうです。そして、実際にその通りになりました。

 
 
久々の里帰りが彼らを観られる最後の公演になると、リヴァプールのファン達は察知し、彼らを狂わせました。彼らはクラブを取り囲み、ビートルズに殺到し、ジョンが女の子たちの群れの中を通り抜けようとすると、彼のジャケットは袖から引きちぎられてしまったので、スタッフが必死でそれを取り返し、後で縫い付けました。もはや押しも押されもせぬ大スターとなり、キャヴァーンで演奏していた頃のスタイルとは様変わりした彼らでしたが、キャヴァーンでは昔のままのビートルズを演じました。ジョンは、昔のように皮肉たっぷりに「オーケー、頭が空っぽの君達のために演奏するよ。」と語って演奏を始めました。
 
 
実は、前日の8月2日に同じリヴァプールのクラブ、グラフトン・ボールルームズに彼らは出演したんです。そこはまだ彼らが「クオリーメン」と名乗っていた頃、初めて出演したクラブでした。既に1963年1月14日に£100で出演する契約を結んでいたのですが、その後、彼らが「プリーズ・プリーズ・ミー」「フロム・ミー・トゥ・ユー」と立て続けにヒットを飛ばしたため、ギャラが跳ね上がったのです。そこに出演する前にはリヴァプールの他のクラブには出演しないという契約の条項がありました。まさか彼らがこんなに売れるとはマネージャーのブライアンも予想していなかったので、本当はこの日に想い出のキャヴァーンにビートルズを出演させてリヴァプールを去りたかったのですが、グラフトンのオーナーに契約を盾に断られてしまったのです。ブライアンは怒りましたが、契約してしまったものはどうしようもありません。
 
 
幸い、その日の後に出演することについては何の拘束もなかったので、次の日に強引にキャヴァーンの支配人だったボブ・ウーラーに頼んで彼らを出演させました。彼ももう他のバンドをブッキングしていたのですが、断ったところでどうせブライアンがオーナーにねじ込んで了解してもらうだろうと考え、OKしました。しかし、ギャラは£300と高いし、おまけに観客は500人に制限してくれと頼まれたんです。入場料はたった10シリングでしたから、入場料だけだと全部集めても£250にしかなりませんでした(1ポンド=20シリング)。飲み物の売り上げを足しても、スタッフや他のバンドへのギャラを差し引くと、殆ど儲けはありませんでした。もっともビートルズの安全を考えれば、入場者数を制限せざるを得なかったことは、ウーラーも認めています。しかし、あんな狭いところに500人も入れたんですかね?
 
 
ブライアンは、ウーラーにビートルズはまたキャヴァーンに戻ってくると約束しましたが、もちろん、その約束が果たされることはありませんでした。ウーラーも彼らがもう二度とここには戻ってこないだろうと分かっていたのです。でも、ウーラーに言わせると、ブライアンの過去のキャンセルでビートルズにはまだ6日分の出演の貸しが残っていたらしいです(笑)ブライアンは、オーディションなどが入ってステージをキャンセルする度に決まってこう言ったそうです。「彼らのジャマはしないでくれるよな、ボブ?」
 
 
クラブのコンディションは最悪で、壁や床は汗や水滴が付着して、濡れて滑りやすくなっており、ジョンは、他のバンドメンバーから滑って転倒しないよう注意された位です。実際、他のバンドのメンバー2人が転倒して、外へ担ぎ出されました。「こんなところへ戻ってくるんじゃなかったよ」とジョンはボヤいたそうです。濡れた壁から水滴が滴り落ち、それで機器がショートして演奏中に停電になり、クラブが真っ暗になってしまいました。危ない、危ない、下手すりゃ感電死するところですよ((((;゚Д゚)))))))やむを得ず、彼らは、復旧するまで「ウェン・アイム・スイクスティー・フォー」を生で即興演奏しました。この曲はその後1967年に発表された曲です。
 
 
ビートルズがここで演奏した回数は正確には記録されていませんが、クラブの公式見解では292回だったとされています。しかし、確実とされているのは280回です。ビートルズは、キャヴァーン・クラブを卒業しましたが、彼らの後を追って続々とここへ後に彼らと肩を並べる程の大物となる新人アーティスト達が集結しました。つまり、ここは新人アーティスト達の登竜門となったのです。
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(参照文献)

THE BEATLES BIBLE

 
(続く)