1 間奏はテンホールズでは難しい
(1)間奏ではベンドが必要
私は、(406)でジョンが「Love Me Do」で使用したハーモニカは、ホーナー社の「シグネチャー」というダイアトニック・ハーモニカであると結論付けました。これで問題が解決したと思ったのですが、「シグネチャーでは間奏が演奏できない」とまたご指摘を頂きました。これもごもっともです。
間奏ではG♭が出てくるのですが、シグネチャーのようなテンホールズ・ハーモニカのキーがCのタイプでは、普通に演奏するとこの音は出せないんですね。それでこれを出す場合は「ベンド」というテクニックを使います。
これは、ハーモニカのホールを吸ったり吐いたりするときに工夫を加えて、既定の音階から半音下げるというハーモニカでは基本的なテクニックです。しかし、いざやろうとするとそう簡単ではありません。下の動画はこのテクニックを解説したものです。
(2)ハーモニカの演奏は難しい
ハーモニカの専門家によると、ハーモニカは、小さいホールに正確に息を吹き込んだり吸ったりしないといけないので、結構難しいそうです。「単音」といって、一つの音を正確に出すことが基本中の基本なんですが、そこでつまずいてしまう人も多いんですね。
ジョンは、几帳面なポールと違ってギターでもコードやストロークを間違えるなど、アマチュアの頃からラフな演奏を平気でやっていましたが、ハーモニカの演奏についても同じだったようです。ビートルズの曲の中でも専門家が聴くと、彼が間違えて隣のホールを吹いてしまったり、音が混ざってしまったりしている所があるそうです。彼らしいですね。
(3)思いつきではできない
マーティンの思いつきでハーモニカを入れたという話が怪しいという根拠になるのも、一つにはそんな簡単に演奏できる楽器ではないことが挙げられます。ジャムセッションならまだしもレコーディングともなれば、ジョンもスタジオに入る前に相当練習したはずです。この曲をブルースっぽくするために重要な役割を果たしている楽器ですし、イントロと間奏のソロという重要なパートを担当しているのですから、ハーモニカの名手と呼ばれるような人ならともかく、即興でやれと言われてできるものではありません。
2 間奏で何か仕掛けがあったのか?
(1)ハーモニカを持ち替えた?
では、レコーディングの時にジョンは、このテクニックを使っていたのでしょうか?正直「分からない」としか言いようがありません。
もし、彼がこのテクニックを使えなかったとしたら、イントロをCダイアトニックのハーモニカで演奏し、間奏をGダイアトニックのそれに持ち替えて演奏した可能性はあります。しかし、メロディーの最後の音と、その次の音との間にはわずかな時間的余裕しかなく、こんなに早くハーモニカを持ち替えることができたとはとても思えません。Gダイアトニックがオーヴァーダブされた可能性も考えられますが、無名の新人のレコーディングにそこまで手をかけられなかったでしょうし、やるならハーモニカ全体をやったでしょう。
(2)動画ではカットされている
ビートルズが「Love Me Do」を演奏している動画がありますが、演奏している映像に後からレコードの音源を合わせたもので実際に演奏していないのは明らかです。ジョンは、ヴィブラートの時に右手を動かしていないので、ハンド・ヴィブラートをかけていないことが分かります。舌や喉を使っていれば別ですが。
ところが、間奏の時になるとなぜか演奏しているビートルズの姿が消え、船に乗っている彼らの姿に切り替わります。ここはヴォーカルを除けば、ブルージーなハーモニカのソロがカッコいいところです。ギターソロもない曲ですから、なおさらジョンの姿をアップにして見せるはずなのに、ビートルズの演奏そのものをカットして全く関係のない映像に差し替えています。
彼らがブレイクする前ですから、顔や演奏スタイルを少しでも視聴者にアピールしなければいけない大事なビデオなのに、間奏とはいえ、ばっさりカットしてしまうのは不自然です。逆に言うと、その部分を公開できない何らかの事情があったのではないかと考えられます。
ビートルズは、この曲をライヴで86回演奏していますが、間奏の部分を動画で公開した時にライヴと演奏スタイルが変わっていたら、観客が違和感を覚えるかもしれないことを制作サイドが懸念したのかもしれません。とすると、レコーディングでは何か特殊な仕掛けを使った可能性があります。
これは、あるビートルズのトリビュートバンドの演奏ですが、間奏のところでジョン役のメンバーがハーモニカのボタンを押しているのが分かります。つまり、このバンドは、クロマティック・ハーモニカを使用しているということです。
3 ジョンはどう語ったか
(1)ブライアン・ジョーンズが質問した
ジョン自身は、どのハーモニカを使ったか、1974年のアメリカ人のDJであるデニス・エルサスとのインタヴューでこう語っています。「(ローリング・ストーンズの)ブライアン・ジョーンズが僕のところにきて、『Love Me Do』ではハーモニカかハープのどちらを吹いているのか、と聞いてきたんだ。彼は、僕が最低音を出しているのを知っていて疑問に思っていた…。僕は、ボタンのついたハーモニカだと答えた。それだと、本当のファンキーなブルースは演奏できないと思う。でも、ブルース・ハープでは『Hey! Baby』のリックはできないし、当時はブルース・チャンネルの『Hey! Baby』もやっていたしさ」
ジョンが「最低音」と言ったのは、おそらくG♭のことを指しているのではないかと思います。ジョーンズもテンホールズハーモニカでは、ベンドを使わない限りその音は出せないのを知っていたので確認したかったのでしょう。
(2)「ボタンのついたハーモニカ」
驚きなのは、ジョンが「ボタンのついたハーモニカ」だと答えたことです。「ボタンがついているとなればクロマティック・ハーモニカであり、テンホールズ・ハーモニカではないということになります。これが本当なら「Love Me Do」の時に使っていたのはシグネチャーではなく、クロマティック・ハーモニカということになります。
ただ、ジョンのことですから、本当のことを言ったかどうかは分かりませんよ。彼は、ジョークやイタズラが大好きでしたから、ジョーンズをからかうつもりであえて本当のことを言わなかった可能性もあります。
(3)クロマティックなら半音を出せる
クロマティックなら半音を出せるので、ベンドなどのテクニックは必要なくなります。ですから、レコーディングの時、ジョンは、ベンドを使えるほどハーモニカのテクニックを持っていなかったので、クロマティックを使ったのかもしれません。動画のハーモニカには明らかにボタンがついていないので、クロマティックではないということが分かります。
もし、ジョンの言っていることが真実であれば、撮影用にハーモニカを演奏しているように装っていただけなのかもしれません。つまり、動画で撮影されたハーモニカをレコーディングでも使ったとは限らないということです。
4 クロマティック・ハーモニカだった?
ジョンは、ダイアトニック・ハーモニカを表す「ハープ」と、クロマティック・ハーモニカを表す「ハーモニカ」という言葉を使い分けています。前の記事でも書きましたが、1963年のBBCラジオのセッション「Pop Go The Beatles 2」では、司会者がジョンの楽器を指して「ハーモニカ」と呼んだことを遮って訂正しています。「この曲(I Got To Find My Baby)ではハープを使います。ハーモニカは『Love Me Do』で使います。この曲ではハープ、ちょっと、マウスオルガン、ハープ」私も混乱してきました。「Love Me Do」ではテンホールズ・ハーモニカを使っていたと思っていたのですが、どうやらクロマティックだったようです。
記録によればビートルズは、コンサートで「Love Me Do」を86回演奏しています。残念ながらその時の動画は残されていないと思いますが、興味があるのはジョンがコンサートの時にどのハーモニカを使ったのかですね。その動画が残されていれば手がかりになるのですが、残念ながら今のところ見つかっていません。
5 パット・ミシンの研究
ハーモニカ奏者であるパット・ミシンは、ビートルズのハーモニカの曲をとても詳しく研究しています。現代のコンピュータ技術、ハーモニカに関する百科事典的な知識、そして巧みな分析によって、彼は、ビートルズがどの曲でどのハーモニカをが使ったかを突き止めることに成功したと語っています。
「多くの人は、『Love Me Do』で、普通のCダイアトニック・ハーモニカが使われていると想像するかもしれない。確かに、メイン・リフはブルース・ハープがしっくりとくる。しかし、曲の後半の『someone to love...』の部分でリフが変化する。この音は、ダイアトニックハープでは相当ベンドを使わないと出ないが、ジョンは、レコーディングの当時、それを出せるほど熟練していなかった。このこととハーモニカの基本的な音色から、クロマティック・ハーモニカが使われたことは明らかである。」
彼の見解を信じるか信じないかは皆さん次第です。
(参照文献)パット・ミシン、ハープ・サージェリー
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