★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

舞台「BACK BEAT」がGET BACKした!(422)

画像

1 あの舞台が帰ってきた

(1)待ちかねた再登場

やっと、舞台「BACK BEAT」が「BACK BEAT 2023」として劇場に帰ってきました!4年前の2019年、初めてこの舞台を観てビートルズファンとしてとても感動し、もう一度上演してほしいと願っていました。しかし、折悪しく翌年の2020年に新型コロナのパンデミックが起きてしまい、演劇やライヴなど全ての興行が中止に追い込まれてしまいました。

2023年に入ってようやく日本も新型コロナの呪縛から解放されつつあるときに、あの舞台が再び上演されるという報道があり、矢も楯もたまらずチケットを入手しました。今回は、この舞台のレビューをお伝えします。当然のことながらネタバレを含んでいますので、それをご了解のうえでご覧ください。

(2)演奏テクニックが各段に向上していた!

戸塚祥太「令和のビートルズが帰ってきました」舞台『BACKBEAT』製作発表レポート (2023年2月20日) - エキサイトニュース

主なキャストは、戸塚祥太A.B.C-Z)(スチュアート・サトクリフ)、加藤和樹ジョン・レノン)、辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)(ジョージ・ハリスン)、JUON(FUZZY CONTROL)(ポール・マッカートニー)、上口耕平(ピート・ベスト)愛加あゆ(アストリッド・キルヒャー)、尾藤イサオ(ブルーノ・コシュミダー、エルヴィス・プレスリー)です。

驚いたのは「メンバーの演奏テクニックが各段に向上していた」ことです。何しろ4年前は、戸塚以外は楽器の演奏が未経験だったんです。ギターソロもあるリードギターのジョージ役の辰巳は、初演の舞台を始めるまで全くギターが弾けなかったんです。われわれファンは、その点に不安を抱いていました。しかし、初演ではそのハンデをはねのけて見事な演奏を披露したのです。

今回は、さらにテクニックに磨きがかかっていました。特に、辰巳は、観客に笑顔を見せながら手元を一切見ず、余裕で難しいギターソロを演奏しながら、ステップを踏んでいたのには驚きました。世の中がコロナ渦にみまわれ、外出もままならなかった3年間でたっぷり練習できる時間があったのかもしれませんが、それにしても飛躍的な成長ぶりです。これなら耳の肥えたビートルズファンも納得でしょう。他のメンバーもみな腕を上げていました。天国のスチュアートは、「僕は、ベースをあんなに上手く弾けなかったよ」と苦笑しているかもしれませんが。

ダンスが多く取り入れられていたのが初演と異なる演出です。ビートルズがダンスを踊るなんて発想はちょっと浮かびませんね。でも、新鮮で楽しかったです。

(3)ハンブルク巡業時代のビートルズ

1960年にドイツのハンブルクで下積みをしていた頃のビートルズ、特にリーダーのジョン・レノンとメンバーであり親友であるスチュアート・サトクリフ、そして、スチュアートの恋人となるアストリッド・キルヒャーを軸にストーリーが展開します。下積み時代のビートルズは特に「アーリー・ビートルズ」と呼ばれ、中でもハンブルクの巡業時代は好んで何度も作品化されています。

この頃の彼らは、貧乏で演奏の技術も粗削りだし、レパートリーのほとんどが他のミュージシャンのカヴァーだったのですが、絶対に売れてやるというギラギラした野心に満ち溢れており、ファンの中でも人気のある時代です。逆に言うと、デビュー以降のビートルズはあまりにもスーパースターすぎて、うかつに手を出せないところもあるのかもしれません。

 

 

2 ビートルズハンブルクへ向かう

(1)スチュアートがメンバーに加わる

スチュアート・サトクリフ

ジョンとスチュアート(愛称スチュ)は、リヴァプール芸術大学で出会い親友になりました。スチュアートは、才能あふれる画家であり早くから将来を有望視されていました。舞台は、スチュアートが無心に絵を描いているところからスタートします。まだアマチュアだった彼が展覧会に出品した作品が売れたのは事実です。

ジョンは、この頃、すでにアマチュアバンドであるクオリーメンのリーダーとなっていましたが、スチュアートにバンドに加わってベースを担当するよう説得しました。スチュアートは断りましたが、ジョンも簡単には引き下がりません。

左手を全く使わず開放弦だけを右手で弾かせました。すると、ロックンロールの名曲である「ジョニー・B・グッド」の一節になったのです。ロックンロールは、音楽の基本である三つのコードだけで構成されているシンプルな音楽なので、こんなこともできるのです。ジョンに言われてその気になったスチュアートは、バンド名を「The Beatles」に変えることを条件にバンドに加わりました。生き生きした若きビートルたちは、本物もこうであったに違いないと確信を持たせてくれました。

(2)いざハンブルクへ!

インドラクラブとオーナーのブルーノ・コシュミダー

ビートルズは、地元のリヴァプールにあるキャヴァーン・クラブでロックンロールを毎日のように演奏し、ギャラを稼ぐプロになっていました。そんな彼らにドイツのハンブルクのクラブで演奏しないかとオファーがありました。高いギャラにつられて彼らは喜び勇んで船でドーバー海峡を渡り、ハンブルクに到着しました。

しかし、クラブのオーナーであるブルーノ・コシュミダーから突き付けられた労働条件は、毎日6時間演奏するという過酷なものでした。しかも、宿泊はホテルではなくバンビ・キノという映画館でした。トイレのすぐ近くの部屋で寒くてよく眠れず、朝になると映画の大音量でたたき起こされるという毎日でした。

(3)「オレはハンブルクで育った」

ジョン・レノンとピート・ベスト

彼らは、どれだけ辛い環境であろうが、売れるためなら何でもしてやると毎日死に物狂いで演奏しました。イギリスから来たばかりの時は大人しく演奏していたんですが、クラブのマネージャーからそんな演奏じゃ世界中からやってくる酔っ払いの船員たちには通用しない、もっとでっかい音を出して飛んだり跳ねたりして客を楽しませろ。「マック・ショー(ショーを作れ)」と発破をかけられます。

そこで、彼らは、大音量でステージの上で大暴れしました。客は世界中から来ていますし、年齢層もバラバラなので、彼らも得意なロックンロールばかりではなく、ジャズの名曲やラテン音楽、美しいバラードなどありとあらゆる音楽を演奏しました。このことが彼らの演奏テクニックを向上させただけでなく、後にジャンルにとらわれない幅広い楽曲を生み出す下地になったことは間違いありません。

「オレは、リヴァプールで育ったんじゃない、ハンブルクで育ったんだ」というのはジョンが残した有名な言葉です。ビートルズをスーパースターにしたのは間違いなくハンブルクです。あの経験がなければ、彼らがあれほどのスーパースターにはなっていなかったかもしれません。

 

 

3 スチュアートの死

アストリッド・キルヒャー

カメラマンのアストリッドは、恋人のクラウス・フォアマンに連れられてビートルズに出会い、たちまち彼らの魅力に取りつかれました。そして、スチュアートと恋に落ちます。フォアマンは、紹介したためにアストリッドを奪われてしまいますが、どうやら彼女に紹介した時点でそうなることを薄々感じていたようです。

彼女は熱に浮かされたように、ビートルズポートレートを次から次へと撮影しました。物静かにレンズを見つめる彼らからほとばしる情熱が見えてくる素晴らしい作品です。カメラマンも被写体も一流だからこそ、こんな作品が誕生したのです。アストリッドは、美しく聡明で芸術的センスに溢れた女性でした。

アストリッドと恋に落ちたスチュアートは、ハンブルクで生活することを決め、ビートルズを脱退しました。しかし、この頃から原因不明の激しい頭痛が彼を襲うようになりました。病状は日増しに悪化していき、ついに若くしてこの世を去ってしまいます。再びハンブルクを訪れたビートルズは、スチュアートの悲報にがく然とします。しかし、ジョンは、笑い飛ばそうとします。一番悲しんでいたのは彼でしたが、それを誰にも悟られたくなかったのです。

 

 

4 最後は客席とステージが一体に

スーツを着用したポール・マッカートニー

f:id:abbeyroad0310:20230504235043j:image

        (演出家石丸さち子から観客への直筆メッセージ)

新しくマネージャーとなったブライアン・エプスタインは、それまで「不良の音楽」というイメージが強かったロックンロールをもっと、幅広く多くの人に受け入れてもらうため、ビートルズにおそろいのスーツを着用させました。アイドルとしてのビートルズが誕生した瞬間です。彼らは、「ラヴ・ミー・ドゥ」でメジャーデビューを果たし、アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」のレコーディングに臨みました。最後になってジョンの喉はもう限界の状態でしたが、最後の力を振り絞って「ツイスト・アンド・シャウト」をレコーディングしたのです。

ビートルズがメジャーデビューしてから客席とステージとが一体になりました。観客もステージのキャストと一緒に、本当の観客として舞台に参加し、歓声を上げ踊り手拍子したのです。これは、とても粋な演出だったと思います。私は、60年前の1963年のビートルズのコンサート会場にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えました。目の前でマッシュルームカットでスーツを着たビートルズが演奏しているんです。唯一足りないものがあるとすれば、耳をつんざくような「ギャー」という観客の絶叫ぐらいです。本当にコンサートに参加したような楽しい気分になりました。

(続く)

 

 

 

好評発売中です。書店にてお買い求めください。アーリー・ビートルズについても詳しく解説しています。

この記事を気に入っていただけたら、下のボタンのクリックをお願いします。

にほんブログ村 音楽ブログ ビートルズへ
にほんブログ村

下の「読者になる」ボタンをクリックしていただくと、新着記事をお届けできます。