1 昔からある噂
(1)ベースを故意に間違えた?
「ジョンは『The Long And The Winding Road』のベースをわざと間違えてレコーディングを妨害した」という噂が昔からあります。ビートルズは、「Let It Be」セッションの時にこの曲をレコーディングしたのですが、ジョンが担当したベースのミスがあまりに多いため、彼がポールの作品を台無しにしようとしてわざと間違えたというものです。
1969年1月にビートルズがこの曲の制作を開始したとき、彼らはあまり良い関係ではありませんでした。ビートルズのレコーディング・セッションを映画化した「Let It Be」の制作は、常に困難な作業だったということでよく知られています。この映画をピーター・ジャクソンが編集し直して2021年に公開したドキュメンタリー映画「The Beatles: Get Back」は、ビートルズがバンドとしての最後の年に互いに対立していたというそれまでの見方に対して、それを覆す多くの事実を明らかにしたという点で非常に素晴らしい仕事をしていますが、レコーディング中に多くの困難があったことは明らかです。
(2)オーヴァーダブを止めた
最も注目すべきは、バンド、中でもポールが、「Revolver」以来彼らがレコーディングでやってきたスタジオにおける完成度の高いオーヴァーダビングを止め、新しい曲のセットをレコーディングするという意図でした。ポールは、バンドが無駄をそぎ落としたロックンロールの原点に戻る(Get Back)ことを望んでいましたが、実際にはとても困難になっていました。
その典型的な例は、レコーディングセッション中に発生した楽器の無計画な切り替えです。ポールは通常、オーヴァーダビングのためにベースパートを残していましたが、それは彼が求めていたライヴ・コンセプトと一致しませんでした。そのため、彼がギターかキーボードを演奏しているときは、別の誰かがベースパートを演奏するために交代する必要があったのです。通常、それはジョンが担当し、彼は、フェンダー・ベースVIを手に取りベースパートをレコーディングしました。
(3)ジョンはベーシストではなかった
ジョンがベースを演奏しているのが上の動画です。大きな障害は、ジョンがベーシストではなかったことです。フェンダー・ベースVIにより、ギタリストがベースを演奏するためのより快適なセットアップが可能になりました。このベースはギターと同じ6弦で、一般のベースより弦間が狭く弦が細くなっており、ベースに慣れていないギタリストでも弾きやすいよう設計されていました。標準的なギターより1オクターブ低くチューニングされます。
とはいっても、ジョンのベースのテクニックが充分だったとはいえません。この曲で採用されたテイク全体で彼が演奏するいくつかの音符は、完全に間違っているわけではないにしても、奇妙に選択されています。怠惰で曲がりくねったベースラインは、この曲のテーマをうまく表現していますが、それに注意を払い始めるとすぐに、それが曲の残りの部分とうまく融合していないことがわかります。
2 ジョンの妨害行為だったのか?
(1)イアン・マクドナルドの指摘
作家のイアン・マクドナルドは、著書「Revolution in the Head」の中で、この曲のベースに関して手厳しく批判しています。「この曲には、レノンによるひどいベース演奏がフィーチャーされており、ハーモニーがよくわからないかのようにぎこちなく動き回ったり、滑稽な間違いをたくさんしている。」「『The Long And The Winding Road』でのレノンの粗雑なベース演奏は、ほとんどが偶然ではあるが、完成した作品として提示されると妨害行為に等しい」とい主張しています。
(2)妨害説が広まった
ジョンのベースパートだけを取り出したのが上の動画です。マクドナルドの見解に触発されたのか、その後すぐにジョンが無意識か意識的にかはわからないものの、「The Long And The Winding Road」のレコーディングを妨害したという考えが定着し始めました。その証拠として、ほとんどの人は、この時点でのバンドのレコーディングの大部分に対する彼の無関心で曖昧な態度、ベース演奏に対する興味の明らかな欠如、そしてポールが「Strawberry Fields Forever」を含むジョンの曲のいくつかを妨害したという後の彼による告発があったことを指摘するかもしれません。
2003年の「Let It Be naked」のリリースに関する記事の中で、ガーディアン紙のジョン・ハリスも、ジョンが「音楽的妨害行為に近い行為に及んだ」と同じ意見を述べました。プロデューサーのフィル・スペクターでさえ、最終ミックスに挿入した大規模なオーケストラのオーヴァーダブは、主にジョンの下手な演奏を隠すためだったと主張したのです。
(3)メンバー間の対立
マクドナルドは、ジョンの演奏における「滑稽な間違い」と彼が呼ぶものの例を10個挙げています。スペクターのオーケストラなしのテイクを聴くと、彼の主張の要点が見えてきます。
ただ、ここで大きな疑問が生じます。この曲にこれほど明白な問題があるのなら、なぜビートルズは、この曲をリリースしたのでしょうか?それに答えるには、翌年アルバムが完成していたときのポールと他のバンドメンバーの間の対立にまで踏み込む必要があります。
他のシナリオであれば、ビートルズは、この曲をゼロからやり直していたでしょう。しかし、実際にはそれができなかったのです。結局のところ、この頃、ビートルズは、1曲を仕上げるのにダラダラと1週間以上もかかってしまうバンドになっており、100テイク後にその曲を廃棄してしまうバンドでもありましたから。
3 ジョンはベースに不慣れだった
(1)カポを使えない
上の動画は、この曲の正しいベースラインとして一つの例を挙げています。理由はどうあれ、「The Long and Winding Road」はビートルズの曲の中で最も明らかに楽器演奏が粗雑な曲です。ジョンのベースラインは間違った音をたくさん出していて、正しい音を出しているのは半分位しかありません。ポールがなぜ自分のベースパートをオーヴァーダビングしなかったのかはわかりませんが、ゲットバック・セッションはあまりに混沌としていて、その時点では誰も気にしなかったのかもしれません。
ポールがコードを指摘しながら「ドゥン、ドゥン、ドゥン」と歌って、ジョンに何を弾くべきかを声高にアピールすることもありました。しかし、この曲のキーがE♭であること、そして彼が使っているフェンダー・ベースⅥにはカポが使えないことを知り、ジョンは不満げな表情を浮かべました。そして彼は、「E♭だって?ふざけんな!そうか。ヒステリックになるしかないな」と冗談を言いました。
レコーディングの時、ポールは、ジョンに「あまりたくさん音を出さないで、コードチェンジの時だけ弾くように」と指示しました。ジョンは結局、各ヴァースの6小節目と8小節目、そして曲の結びでベースのネックの音を引き上げる習慣を身につけ、この月の残りの期間、この習慣にこだわることにしました。ポールは懸命にメンバーの尻を叩きますが、彼らは、一向に燃えるものがありませんでした。下の動画は、そのシーンを記録したものです。
(2)フィル・スペクターの主張
スペクターは、ポールの意志を無視して大げさなオーケストラをオーヴァーダブしました。ただ、彼にも言い分がありました。ジョンのベース演奏が、スペクターがこの曲をNo.1ヒットに変える際に直面した最大の問題だったのです。これらのセッションでのジョンのベースワークは非常に貧弱でした。ジョンによるベースのミスのため、この曲は最初から欠陥があったのです。
最終的にアルバム「Let It Be」となったセッション中、「The Long and Winding Road」のクオリティーは、通常ビートルズの名前が入った完成品として世に出るものよりもはるかに洗練されていませんでした。実際、このベーシック・トラックは、デモと呼ぶのが適切だといえる代物だったのです。
4 故意に妨害したとは言えない
「もし、ポールがベースを演奏していたらこんな仕上がりになったのではないか」というのが上の動画です。ジョンがレコーディングに参加しているものの、不熱心であった様子は映像でも残されていますし、その点について触れた文献も数多く存在します。
ただ、だからといって彼が意図的に妨害したというのは疑わしいです。いくら仲が悪かったからといって、そんな子どもじみた真似はしないでしょう。一流のプロとしてレコードをリリースするんですから、スタジオに一歩足を踏み入れたらちゃんと仕事はやったと思います。
より可能性が高いのは、ジョンが単にベースに慣れていなかったということです。どのテイクが使用されるかについて、彼が承認を求められたことはあっても、大きな発言権はありませんでした。また、ポール自身を含めて、誰もそのパフォーマンスをあまり気にしていなかった可能性さえあります。
何年も経った今でも不可解なままではありますが、ベースラインが音程を外していることに誰も実際には気づかなかったり、深く考えたりしなかったのでしょう。ポールが演奏していれば何の問題もなかったのですが、彼は、ジョンの機嫌を損ねるのを恐れて言えなかったのではないかと思います。
(参照文献)ファーアウト、チートシート、カルチャーソナー
(続く)
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(追記)
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