
- 1 弦楽器はチューニングが必要
- 2 具体的な方法は?
- 3 ピッチパイプを使ったのか?
- 4 「Do You Want to Know a Secret」のチューニングのズレ
- 5 「Chains」にも問題があった
1 弦楽器はチューニングが必要

ギターやベースなどの弦楽器を演奏する場合、その前に必ずチューニング(調律)という作業が必要です。弦楽器は、温度や湿度、演奏時の振動によって音程が変化しやすいため、演奏前はもちろん、場合によっては演奏中でもチューニングすることがあります。チューニングとは、国際基準となる「A(ラ)」の音を周波数440Hzに合わせる調律方法のことです。
チューニングを怠ると正しい音程で演奏できず、非常に耳障りが悪くなります。ギターなどと比べてピアノは音程が狂いにくく、チューニングは年1〜2回程度で済みます。余談ですが、オーケストラではオーボエでチューニングすることが多いです。楽器の中で温度や湿度の影響を受けにくく、一番音程がズレにくいからです。
さて、問題はビートルズがどうやってチューニングしていたかです。残念ながら、こうしていたという正確な資料は見つかりませんでした。チューニングなんてミュージシャンにとっては当たり前の作業なので、一々記録に残す必要もなかったからでしょう。でも、彼らがどうやってチューニングしたかについては興味があるので、何とか真実に迫ってみたいと思います。
2 具体的な方法は?
(1)耳でチューニングした

話が脱線しますが資料はないものの、ビートルズのメンバーは絶対音感を持っていなかったようです。もし持っていたら、必ず記録に残っていたはずですし、チューニングも楽だったでしょう。逆にいえば、絶対音感と音楽の才能とは直接の関係はないということです。
現在一般的に使用されている電子チューナーは1960年代にはまだ広く普及しておらず、ビートルズの活動期間中、ギターのチューニングは主に耳と互いの音を合わせて行っていました。今から考えるとあまりにも大雑把な方法ですが、当時はそれでも良かったのです。下積み時代からずっとやってきて小さいギグではそれで十分でしたし、大きなコンサートでは観客の絶叫でそもそも演奏が聴こえませんでした。
それに11曲しか演奏しなかったので、あっという間に終わってしまいましたしね。冒頭の写真のように、ポールとジョージがお互いにギターとベースを耳の側まで持ち上げている写真がありますが、あれは多分チューニングしてたんでしょうね。
(2)ピアノかポールのE弦に合わせた
スタジオや大きなライヴでは、ピアノがあればそれに合わせてチューニングすることが多かったようです。流石にレコーディングとなると、正しくチューニングしないとレコードの品質に関わりますから。ピアノはちゃんと調律されていれば正確な音程を提供してくれます。
もし、ピアノがA=440に完璧にチューニングされていなかったとしても、ポールのベースのE弦に合わせたり、その時たまたまあった楽器に合わせたりしていました。でも、そもそもポールのベースのチューニングが合っていなかったらアウトですけどね。
3 ピッチパイプを使ったのか?
(1)正確にはわからない

ピッチパイプは、ギターのチューニングに使用される小さな笛です。音程が一定しているので、アナログの時代はよく使われました。ピッチパイプを吹いて出た音にギターの開放弦の音を合わせます。
ビートルズがこの方法を使ったかどうかは残念ながらわかりません。ただ、ポールがこれらしいものを咥えながらベースを弾いている写真が残されています。ひょっとすると、彼や他のメンバーもこれを使ってチューニングしていたのかもしれません。これが当時は一般的な方法でしたから。ハーモニカを使っている写真もありますが、キャプションがないのでチューニングしているのかはわかりません。
(2)みんながズレれば演奏は可能

この習慣は、チューニングが曲によって、時には1曲の中でさえ異なることを意味します。演奏しているうちにチューニングがズレてくるのは珍しいことではありません。ズレていると感じたらステージ中でもチューニングします。しかし、ビートルズは、時間がないためチューニングが合っていないまま演奏したこともありました。
極端な話、バンド全員が一致してズレていればそれでも演奏は成立します。仮に全員が半音下げてチューニングしたとしても、全体としてはそれで不協和音にはなりません。その場合は、ヴォーカルも半音下げればいいのです。とはいえ、レコーディングでチューニングがズレているのは決して好ましいことではありません。
ただ、このようなチューニングのズレは、1960年代初頭のスタジオセッションでは珍しくなく、特にバンドが最小限のオーバーダブでライヴ・レコーディングを行った場合によく見られました。当時は結構アバウトな時代で、こういったミスは大目に見られていたのです。
4 「Do You Want to Know a Secret」のチューニングのズレ
(1)チューニングがズレていた
ビートルズの作品の中でも「Do You Want to Know a Secret」は、特に楽器のチューニングがズレていたのではないかとリスナーの一部から指摘されています。この曲のレコーディングは、彼らのデビューアルバム「Please Please Me」のレコーディングセッションの一部として行われ、このアルバムは1日でレコーディングされました。
1963年2月の寒冷な気候と長時間のセッションのため、楽器が完璧にチューニングされていなかった可能性があり、この問題はトラックから聴き取ることができます。上の動画はレコードのオリジナル・トラックです。
(2)標準ピッチよりもややフラットになっていた
具体的には、ギターとベースは、標準ピッチよりもややフラットになっていると報告されています。ですから、この作品をコピーしようとしてバンドが楽器を標準ピッチにチューニングすると、レコードの音と合わなくなるという現象が起こります。特に1本のギターのチューニングが明らかにズレていて、一部のリスナーはこれが気になると感じています。ポールは最初のC#コードでベースの音を間違え、Bナチュラルを演奏しています。
アルバム「Please Please Me」では、グループがチューニングに気を配る余裕はありませんでした。デビューアルバム全体を1日で録音し切らなければならなかったため、ミスなく曲をテープに収録することだけが、楽器の音を聴くこと以外に彼らが求めていた唯一の目標だったのです。
グループはすでに9時間以上レコーディングしており、昼食休憩も挟まずに演奏を続けて体力的にも限界だったため、楽器のチューニングに時間を割く余裕がなかったのです。そのため、このレコーディングはセッションの後半で行われた可能性が高く、スタジオの中で暖房が入っているとはいえ、当時は今ほど快適な環境ではありませんでした。1969年の「Get Back/Let It Be」セッションも寒い場所でした。寒冷な気候下で楽器を放置するとチューニングが狂ってしまうのは避けられなかったでしょう。上の動画は正確にチューニングした場合の演奏です。
5 「Chains」にも問題があった
(1)やはりチューニングのズレがあった
「Chains」はジョージのリードヴォーカルですが、この曲は彼にバンドメイトと同等の立場を与えるロマンティックなバラードとなるよう意図されていました。音楽批評家のイアン・マクドナルドは、影響力のある著書「レヴォリューション・イン・ザ・ヘッド」で知られる人物で、アルバム「Please Please Me」に収録された「Chains」のカヴァー・ヴァージョンにおいてある問題を指摘しました。
彼は、「Chains」のパフォーマンスが「ややチューニングがずれている」と指摘しました。このコメントは、ギターやヴォーカル、またはその両方にみられる微妙な音程のずれを指しており、レコードに表れているとしています。
(2)自然性の欠如
彼はまた、このトラックを「自然性に欠けている」と表現し、パフォーマンスがやや機械的または意欲に欠けるように感じられると示唆しました。これは、ビートルズの他の多くの初期トラックに見られる活力と新鮮さとは対照的です。マクドナルドの見解は、ビートルズの初期カタログにおける「Chains」が、技術的には優れているが特にダイナミックではないカヴァーであるという、より広範な批評家のコンセンサスを反映しています。マクドナルドのコメントは、このトラックの技術的・感情的な質に関する議論で頻繁に引用されています。
この作品も「Please Please Me」に収録されている作品です。たった1日でアルバムを作成するなど今では考えられませんが、当時はレコーディングの技術も機材も不十分で時間も限られていました。今では パソコンで簡単にできることを当時は全て手作業でやっていたのです。現代で指摘されているような様々な欠陥がレコードにあったとしても、当時の水準としてはやむを得なかったでしょう。
私は鋭い聴覚を持っているわけではありませんから、このような批評があったとしてもそれほど気にはなりません。むしろ、初期のビートルズの曲に少々荒削りなところがあっても、それはむしろ彼らの魅力の一つだと思っています。
(参照文献)ファー・アウト
(続く)
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