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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(号外)大阪南港にビートルズワールドが出現しました!

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1 ビートルズをこよなく愛するバンドが終結

1 サージェント・ビートルズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドが大阪に集結!

マチュアバンドの祭典、第7回大阪南港ビートルズストリートに参加してきました。あ、バンドとしてではなく観客としてです(^_^;)

雨の少ない5月なのに、前日の夜からかなりの雨が降り続きました。何しろ野外ですから雨は天敵です。Twitterをチェックすると会場を移して開催するとのアナウンスがあったので、ともかく会場へ行くことにしました。到着してみると、当然のことながら、野外ステージには何もありません。どころか観客らしき人も殆ど見かけません。これはダメかなと正直思いました。

主催者も会場を室内に移して開催するかギリギリまで検討したようですが、幸いにも雨が上がったので急いで会場をセッティングし、開始時間を1時間20分程遅らせてスタートすることになりました。時間が押したため各バンドは、MCもメンバー紹介するのが精一杯で、時間に追われながらすぐに演奏しなければならなかったのは、ちょっと気の毒でした。

 

しかし、驚いたのはあれだけの雨が降ったにも関わらず、観客がたくさん来ていたことです。これは、主催者もバンドも嬉しいですよね。っていうか、みんなビートルズが好きなんだなあと改めて思いました。

2 厳しい事前審査をパスした精鋭たち!

MCによれば、このイベントも結構メジャーになり、全国からアマチュアバンドの応募が相当あったそうです。さらに、今回からステージが従来の2か所から1か所に絞られた関係で出演できるバンドも、曲目も少なくなりました。

つまり、出演できるバンドは、皆かなりの腕前だということです。そして、その言葉通り、見事な競演となりました。それぞれのバンドが特色を生かして、他のバンドとの差別化を図っていました。

なお、これも良くあることですが、同じ人が他のバンドを掛け持ちしていることも珍しくありません。時にはギター、時にはキーボードと忙しいこと。

今回からバスドラムに「THE BEATLES」のあのドロップーTのロゴが使われることになり、よりビートルズのライブに近い雰囲気が出ました。それでは、各バンドの演奏をご紹介しましょう。

バンドの皆さんが口を揃えるのは、ステージに立つと見晴らしが全然違って見えるということです。そのせいか、出だしは、緊張感がこちらまで伝わってきたバンドもありました。しかし、これもまたライブの楽しみの一つです。

なお、ここからは記憶に頼っている上、アルコールもかなり入った中で書いていますので、事実と違っていたらごめんなさいm(__)m

2 各バンドの演奏をご紹介

1. LOVER SOUL

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2016年夏に結成したばかりとのことですが、メンバーは、それぞれ豊富なキャリアを持っています。何と8人という大所帯!

ビートルズを演奏するバンドとしては異例の構成ですが、逆にいえば、それだけ多様な演奏スタイルを採ることができるということです。特に男性と女性のボーカルが2人いることで、コーラスの幅が広がるところが強みですね。

2. THE BEATLEK'S

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何とドラムに清原和博さんが参加!んなわけない(~--)/(^^;)!しかし、似てますね~(^_^;)恒例の「清原いじり」は、時間の関係で残念ながらありませんでした。

中高年期待の星のバンドです。ギター、ベースは、リアルビートルズ世代にほぼ近い構成メンバー。しかし、つい先日来日公演を成功させたばかりのポール御大に負けてはならじと、精神を50年前にタイムスリップさせての登場です。

 

しかし、年齢を感じさせない若々しい演奏。声も良く出ていました。まだまだやれます。前期のビートルズにはあまり登場しないキーボードが心地良いアクセントになっていました。

3. Lambchops

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後期の曲をカバーするバンドは、最初からキーボードが加わっていることが多いです。One After 909は、かのルートップコンサートを思わせる素晴らしい演奏でした。

ツインボーカルが安定していて安心して聴いていられました。それにリードギターのソロアレンジは、オリジナリティーに溢れていました。こういうところもライブの醍醐味です。

4. THE BEATLE SKETCH SPECIAL CLUB BAND

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よっちんさん率いるバンドです。よっちんさんは、本家リバプールのキャバーンクラブで演奏し、その実力は折り紙付き。普段は、神戸三宮のThe cave KOBEというライブバーを経営し、色々なバンドがビートルズを演奏しています。この日も期待にたがわず、その実力をいかんなく発揮しました。

正確なピッチとパワフルなリードボーカル、ベースとドラムが形作るパーフェクトなリズムセクション、そして、独創的なアレンジのギターソロが秀逸でした。

5. Dr. Robert

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ギターでドリフターズ高木ブーさんが参加!んなわけない(~--)/(^^;)!しかし、ギターもボーカルも見かけによらず(失礼!)上手いです。ビートルズお家芸である三声のハモりがウリですね。目立ちませんが、ギターのハーモニクスもちゃんと入っていました。

 

このイベントではもうお馴染みになった実力派バンドです。腕は確かなのですが、MCが「閉店ガラガラ、ワオ!」並みに滑るところが弱点です(笑)ただ、この日はその期待のMCが時間の都合で封印されたのが残念です。

6. The Space Salamander

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このバンドは、珍しく女性がメインボーカルです。ポールだったらキーが高いのでまだやりやすいかもしれませんが、一番キーの低いジョンのボーカルを担当していたので、なかなか大変だったと思います。

Happiness Is A Warm Gun隠れた名曲です。ええ~、こんな難しい曲をライブでやるの?途中でリズムが次々と変わるトリッキー極まりない曲で、本家本元のビートルズですらレコーディングでは入念に打合せし、何度もテイクを撮り直した難曲ですが、それを見事にやり切りました。

スペシャルゲスト イーゼル藝術工房f:id:abbeyroad0310:20170516233036j:plain

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今回、ゲストバンドとしてプロが初参加しました。このバンドは、大阪府柏原市と東京都小金井市を拠点とし、動画配信を中心に活動しています。大阪と東京。二都物語ですな。バンドのHPはこちらからどうぞ。

イーゼル藝術工房

このイベントでは珍しく、トロンボーンやサックスというブラスセクションが入るという異色の取り合わせでした。しかし、実力は流石ですね。

2013年8月、ストリートライブをやっていたら、何とたまたま来日していたエアロスミスのボーカル、スティーブン・タイラーが通りがかり、「君たち、上手いね。一緒にセッションしよう。」と声を掛けられ、ホントにストリート・セッションしたという幸運の持ち主です。

 

翌日のジャパンツアーの最終公演にも招待されたという羨ましすぎるお話です。つまり、超一流のプロ・アーティストにも認められた程の実力の持ち主だということです。

7. ビーチックス

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この曲では、ビートルズのオリジナルにこだわらず、独自のアレンジを加えていました。ロックというよりフュージョンっぽい演奏ですが、違和感は全くありません。

こんな風にアレンジを変えてもビートルズを聴けるというのは、楽曲の素晴らしさ故でしょう。コアなビートルズファンが大勢いる中で、オリジナルにアレンジを加えるのは独創性が求められますし、スベってしまうリスクもあるので、相当な勇気が必要だと思います。しかし、そのチャレンジは成功したといえるでしょう。

8. LUCKY RACCOONS

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演奏中、突然マシントラブルでとんでもない雑音が会場内に響き渡りました。これは気の毒でした。それも2回も見舞われるとは。

名前がラッキーなのに、全然ラッキーじゃなかったですね(^_^;)しかし、そんなアクシデントをものともせず、ビートルズが25テイクを重ねた演奏が難しい中期の曲に果敢に取り組みました。

スタジオで何度も収録し、編集を重ねた曲をライブで演奏するのは大変なハンデですが、それを見事に跳ねのけました。

9. ザ・ジジトルズ

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ベーシストとしてますだおかだの増田さんが特別参加!ちゃうちゃう(~--)/(^^;)サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのリリース50周年を記念して、コスプレでの登場です。

MCが大体コスプレで登場するバンドは、残念なバンドが多いといきなりジャブを入れてきましたが、それに見事な演奏で応えました。ポールの高いキーでのボーカル、声が良く出てましたね。特に、Yeah~!とシャウトするところは、本人ですらもうやってませんから。

10. MR.JINGLES

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ドラムに高橋ジョージさんが参加、いやだから違うって(~--)/(^^;)珍しくドラマーがメインボーカルのバンドです。メロディーではなくリズムを取りながら演奏するって、結構大変なんですよ(^_^;)

素晴らしいメインボーカルとコーラスでした。しかし、ギターが何だか怪しげです。何かビートルズっぽくない。むしろキース・リチャーズのようなジャンキーなプレイです。MCに追求されると、実はキースファンであると自白しました。しかし、キースがビートルズナンバーを弾いたっていいじゃないですか。

11. The Mersey Sweets

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最近、ビートルズをオリジナルのスタイルで忠実にカバーするバンドが少なくなる傾向にありますが、このバンドは敢えてその時流に逆らい、4人という本来の構成でビートルズの前期の曲を中心に、できるだけオリジナルに近い形で演奏するというポリシーを持っています。

そして、そのスタイルはしっかりできていました。この曲は、動画で何度も観た1961年のキャバーンクラブのライブそっくりでした。若き日のビートルズも毎日全身汗まみれで、こんな風に演奏してたんでしょうね。この画像をモノクロに変えたら、きっとビートルズに見えますよ。え?ポールが右利き?いや、そこはおいといて(^_^;)

12. The BeatlAs

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トリを務めた務めたのはこのバンドです。ドラマーは、新規加入とのことでしたが、そうは感じさせない溶け込み具合で、しっかりグルーブ感を出していました。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、いずれも十分なスキルを持っています。

特に、エンディングで一旦フェイドアウトしつつ、再度フェイドインするところはメンバーの絶妙に息の合ったプレイで聴衆を魅了しました。

これライブなんですよ!スタジオ収録じゃないんです!それなのにこれだけ幻想的な雰囲気を醸し出せるとは驚きです。

3 ストリート・ステージも

残念ながら事前審査にパスできなかった、あるいは人前で演奏するにはまだ自信がないというバンドのために、ストリート・ステージが設けられました。こちらは観ることはできませんでしたが、動画サイトに投稿があったので引用させてもらいます。

www.youtube.com

4 エンディング

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最後は、全部のバンドがステージの上に上がって、アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼアを演奏しました。もう観客もノリノリで私も踊りました。そして、いよいよラストのヘイ・ジュード、観客も一緒に歌いエンディングを迎えました。

ところが、観客席から自然にアンコールの声が湧き起こり、次第にそれが広がって会場全体がアンコールを求めるという異例の事態になりました。こんなことは、このイベントが始まって以来です。

どうしようかと戸惑うMCとバンドメンバーたち。しかし、そこはそれ、こういうムチャ振りにもすぐに対応できる腕自慢ばかり。ラストは、やはりノリの良い曲で行こうと、ツイスト・アンド・シャウトの演奏が始まりました。私も思わず歌い、踊りました。

約7時間ですよ?そんな長時間なのに、観客の殆どは、最初から最後までじっと演奏を聴いてたんです。ポールがお客さんが滝のように涙を流しているのを見たら、ライブを止めることなんてできないと語ったのは、この独特の高揚感があるからなんですね。いわば「プレイヤーズ・ハイ」の状態です。それは観客も同じです。

ビートルズって最高ですね。主催者、バンド、それにATC関係者、その他関係者の皆さん、お疲れさまでした。

ここでは紹介しきれませんが、それぞれのバンドは、あちこちで様々な活動をしていますので、そちらもSNS等でチェックしてもらうといいと思います。

5 全国のバンドの皆さん、是非次回の参加を!

ビートルズをカヴァーしている全国のアマチュアバンドの皆さん。自分たちも参戦してみたいと思いませんか?今年は、多分11月にも開催されると思います。その時は、是非参加して下さい。

そして、これは主催者にお願いしたいんですが、事前審査は、リアルタイムの動画配信でもOKということにしてはどうでしょうか?遠隔地のバンドは、大阪に来るだけでも大変ですから(^_^;)

(続く)

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(号外)来た!観た!聴いた!ポール・マッカートニー・ジャパン・ライヴ2017(その5 東京ドーム30日編 最終日)

関連画像

1 いよいよ最終日

皆さんがご存知かどうか分からないのですが、ポールが日本にばかり来ることについて怒っているファンが海外にはいるんです。 

例えば、オーストラリアですね。確かにポールがオーストラリアに行ったのは、1993年5月23日が最後です。それ以来20年以上が経っていますが、オーストラリアのファンはかなり酷いことを言ってるんですよ。何で1980年に逮捕された国にそんなに何度も行くんだって(良くそんな昔のことを覚えてるな)。 

まあ、その気持ちも分からなくは無いです。オーストラリアも結構キャパは大きいですから。ごめんね、ごめんね~(^_^;)

つまり、ポールは、日本を特別扱いしてくれてるんです。マスコミがあれこれ彼を批判するのは自由ですが、こういうこともちゃんとわかった上で批判してもらいたいですね。 

ファンの熱狂ぶりを日本テレビの「めざましテレビ」の永島優美アナが取材しに来ていて、それが5月5日に放送されたんです。私は、取材の現場を見ていて毎日録画してたんですが、いつまでたっても放送されないので録画をやめたんです。まさかやめた途端に放送されるとは。あきらめちゃだめですね。

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ポール・フリークとして自他ともに認める女優の藤田朋子さんと一緒に写真を撮影したファンもいました。

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著名人の目撃情報は他にもたくさんあって、桑田佳祐さん、黒柳徹子さん、湯川れい子さん、松井玲奈さん、ホリエモンさんまだまだ一杯ありますが、私は、残念ながらどなたもお見掛けしませんでした。そして、ここでもファンの皆さんと記念撮影しました。私など足元にも及ばない筋金入りのポール・ファンばかりです。

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2 ツアー最後のパフォーマンス

1 4曲目 ジェット

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これもライヴではお馴染みの曲です。でも、今までと違い今回はやらない日もありました。ジェットのところでは腕を突き上げて一緒に叫びました。

 

私が聴いた限りなんですけど、前日と比べて今日の方がポールの声が良く出ているような気がしました。普通、回を重ねるにつれて疲労でパワーダウンしそうなものですが、ポールに限っては、逆にエンジンが暖まってきているような印象を受けました。

2 9曲目 1985

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ピアノのイントロが印象的な曲です。1985年になったら誰も生き残っていないんじゃないかという歌詞ですね。深い意味までは読めませんが、おそらく今を大切に生きようというメッセージなのではないでしょうか? 

不思議なことにこの曲は、れっきとしたウィングスの曲なのに、ウィングスのライヴでは演奏されたことがありません。 

ポールがソロになってから、初めて演奏するようになったんです。そして、最近では必ずセットリストに挙げられる曲になりました。間奏でフゥ〜と高い声を出してますが、さすがにここはファルセットを使ってますね。それでもよくこんな高い声を出せるもんです。

3 21曲目 レディー・マドンナ

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ビートルズ時代の名曲です。イントロのピアノを聴くとワクワクしますね。この曲を始める前に「ゴールデンウィークダ!」と日本語でMCをやりましたが、これも大受けでした。こういうところがライヴの楽しいところですね。どの曲もそうなんですが、全く古さを感じさせません。

4 22曲目 フォー・ファイヴ・セカンズ

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「今まで古い曲をやってきたけど、今の曲をやるよ。去年出した曲だ(実際には2年前。多分、記憶違いでしょう)。もし、一緒に歌いたかったら後ろのスクリーンに字幕が出るから。」と言いつつギターを弾き始めるポール。これはリアーナがリリースした曲で、ポールとカニエ・ウェストがコラボしています。 スクリーンには、そのMVが映し出されていました。

いや、参った。リアーナは「現代の歌姫」ですよ?CDでは彼女がメインヴォーカルで、ポールはギターでバッキング演奏し、全世界のiTunesチャート1位を獲得しました。ってか、70歳過ぎて20代の女性が歌う曲を作れるなんて凄くね?この作品でポールは、彼女の新たな魅力を存分に引き出しています。

 

その前の曲が1968年、この曲が2015年にリリース。そのタイムラグおよそ50年!こんな芸当をサラッと見せつけられるともう言葉が出ません。ただただひれ伏すのみです。

なお、25曲目には「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オヴ・ミスター・カイト!」を演奏したのですが、これは武道館編で紹介したので省略します。 

ただ、MCが面白かったので付け加えます。「次は、サージェント・ペパーから。これを出したのは50年前だよ。信じられない。僕はまだ52歳なんだから。」とジョークを飛ばして観客の笑いを誘い、客席に背を向けて演奏を始めるかと思いきや、振り返って「ホントだよ。」とジョークを重ねてまた笑いを取りました。いやはや、ポール、どこまで楽しませてくれるんだい(^_^;)

5 26曲目 サムシング

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ウクレレを携えて登場したポール。となればこの曲ですね。ジョージ・ハリスンビートルズ時代にシングルA面を飾り大ヒットした名曲です。彼はウクレレが大好きで、このウクレレは彼からプレゼントされた想い出の物だと思います。

6 29曲目 バック・イン・ザ・USSR

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ポールがステージに立っていると、突然、ジェット機のキーンという爆音が聞こえてきました。ポールが耳を塞いで慌てた素振りでキーボードへ向かいます。これも定番のノリノリのナンバーです。USSRがソ連のことでかつてそんな国が存在し、アメリカと冷戦をやっていた時代があったんですね~。

7 31曲目 リヴ・アンド・レット・ダイ

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これは、映画「007 死ぬのは奴らだ」のテーマ曲です。発注を受けてそのイメージにピッタリの曲を作れるのが超一流のアーティストですね。ド~ン!ド~ン!ド~ン!ステージ上でファイアがさく裂します。これもお約束ですが、最高に盛り上がりますね。 

 

スリリングな展開の曲なんですが、途中で曲調がスローバラードに変わります。うっとり聴いていると、再びファイアがド~ン!と炸裂してアップテンポなロックに戻ります。見事な構成ですね。映画のダイジェスト版を観ているかのような錯覚に陥ります。

8 32曲目 ヘイ・ジュード

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もはや、ポピュラー音楽のクラシックともいえる曲です。主催者から事前に観客へサイリウムと説明書が配布され、ヘイ・ジュードの時に点灯して下さいと書いてありました。こういうサプライズが始まったのは、2年前の武道館からでしょうか?ともかく、最終日にサプライズを演出するのがお約束になりましたね。

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そして、いよいよその時が来ました。私も点灯させようとしたのですが、上手くいかない。ただサイリウムを折れば良いだけなんですが。ジタバタ焦ってると見兼ねたファンの方が点灯させた自分のサイリウムと交換してくれました。いや、お恥ずかしい(^_^;)「慌てなくて構いません」と書いてあるのが皮肉です。 

暗い観客席で5万本のサイリウムが青白く一斉に輝き、左右にゆっくりと振られました。ポールの眼にはどのように映ったのでしょうか?エンディングのNANANAが始まると、彼は、キーボードから席を離れ、ステージの中央に立ち両手を腰に当てて会場をゆっくりと見渡しました。感慨にふけっているようです。

 

「ダンセイダケ」「ジョセイダケ」「ミンナデ」とポールのMCに合わせ、観客がありったけの声を張り上げます。ポールと観客が共演する瞬間です。 

そして、ドームの天井には、日の丸とユニオンジャックに続いて、ポールへのメッセージが次々と映し出されました。「ありがとうポール」「日本はあなたを愛してる」そして、最後にポールが「ファンタスティック!」と叫び、キーボードをグリッサンドして終わりました。 

このサイリウム、24時間経ってもまだぼんやり光っていました。まるで、ポールとの別れを惜しんでいるかのようでした。

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アンコール

気のせいかもしれませんが、イエスタデイを歌っている時にスクリーンに映ったポールの瞳が心なしか潤んでいるように見えました。

9 観客をステージへ

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良いなあ~。また、観客がステージへ上げてもらってるよ。そこだけでも良いから、代わってくれ~( ノД`)

10 34曲目 サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

出ました!ポールの「モットキキタイ?」コール!もはやお約束ですね。もちろん、観客はイェー!とレスポンスを返します(≧∇≦)

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11 35曲目 ゲット・バック

演奏がまだ続いています。そして、聴きなれたあのイントロが!ついにあの名曲を日本でやってくれました!これもこの日だけの演奏で、これを聴けただけでも来た価値があったというものです。これを最終日に持ってきたのは、また日本に帰ってくるよというポールのファンに対するメッセージではないかと私は勝手に解釈しました。

3 ツアーを終えて

結局、ポールは、東京という一都市における4公演のセットリストをすべて変えるという大胆なチャレンジを試みました。それも39曲中固定したのは24曲だけ!リスキーなチャレンジでしたが、大成功だったと思います。 

それは何よりアンコールを終え、観客に背を向けて舞台袖へ向かう時の彼の満足気なこの表情に現れています。

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次のツアーは、7月からの全米ツアーですが、日本でのチャレンジが成功だったとすれば、ここでも同じことをやるでしょう。今回披露した24曲の「神枠」は別として、それ以外は今までやらなかった曲もどんどん披露するのではないでしょうか? 

クオリーメン、ビートルズウィングス、そしてソロと彼を取り巻く環境は変わりましたが、彼は、その歴史を辿るかのようにどの時代も無視することなく、可能な限り幅広く取り上げました。 

ポールの卓越したパフォーマンスの能力はもちろん、彼を支えるラスティ・アンダーソン、ブライアン・レイ、ポール・ウィックス・ウィッケンズ、エイブ・ラボリエル・ジュニア、もう何年も一緒にツアーをやってきたメンバーのパーフェクトなサポートがなければ絶対に不可能なことです。

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「brian ray」の画像検索結果「paul wickens keyboard」の画像検索結果「abe laboriel jr on mccartney」の画像検索結果ポールは言いました「マタアイマショウ」と。日本のファンの皆さん。また、彼が来てくれると信じましょう。

私の正直な気持ちです。 

I've got a feeling. A feeling deep inside(ある感情が胸の奥底に湧きおこる。)

Got to get you into my life(あなたなしの人生は考えられない。)

Life is very short and there's no times.(人生は短い。時間はない)

Get back. Get back to where you performed tonight(帰ってきて。今夜、あなたがパフォーマンスした場所へ)

(続く)

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(号外)第7回南港ビートルズストリートが開催されます!

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2017年5月13日(土)11:00~18:30、大阪南港ATCセンターでアマチュアバンドの祭典、第7回南港ビートルズストリートが開催されます。

 

関西を中心に各地から腕自慢のバンドが集結し、ビートルズ・ナンバーを演奏します。参加費は無料です。ぜひ、生バンドの演奏でビートルズ・ワールドに浸って下さい。 

画像に含まれている可能性があるもの:空、大勢の人、屋外 

1 南港ビートルズストリートとは?

今回で7回目を迎えるビートルズストリートは、ビートルズをこよなく愛するアマチュアバンドの祭典です。毎年春と秋の2回に分けて開催されています。場所は海辺なのですが、その風景が何となくビートルズの故郷リヴァプールを彷彿とさせるため、この地が選ばれたとのことです。

自動代替テキストはありません。

2 実力派ぞろい

出場するバンドは、アマチュアとはいえ厳正な審査をパスした実力派ぞろい。しかも、バンドにはそれぞれの個性があり、こだわりを持っています。聴き比べてその違いを批評するのも良いですし、また、オリジナルをいかに自分たちなりにアレンジしているかに着目するもの良いでしょう。

 

レコードやCD、DVDではこの臨場感は味わえません。しかも、ビートルズは、後期になると一切のライヴを止めてしまい、MVで演奏したシーンもごく限られているため、なおさらライヴは貴重です。おまけにプロアーティストのライヴでは禁止されている座席の移動や飲食も、周囲に迷惑にならない程度ならOKです。気軽に楽しみましょう。

画像に含まれている可能性があるもの:3人、大勢の人 

3 前回との変更点

前回までは「海辺のステージ」「メリーガーデン前ステージ」の2つのステージに分かれ、同時進行で開催されていました。こんな感じです。

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2ステージがあるため多くのバンドが演奏できますし、1バンド辺りの曲目も多めに演奏することができました。その反面、徒歩で往復できる距離とはいえ、離れているため観客は分身の術でも使わない限り、両方のステージを同時に観ることはできませんでした。

 

私は、毎回両方のステージを猛ダッシュで往復していましたが、これは流石にキツい(^_^;)聴きたい曲を聴き逃したことも何度かありました。今回から1本に統一されたおかげでその心配はなくなりましたが、その代わり、バンドの数は若干減り、曲目も減ることになりました。これは仕方ないですね。どっちを優先するかの問題ですから。

 

4 ストリートステージもある

前回から導入されたストリートステージは、今回も設置されます。これは、「とても人前で演奏できる自信はないけど、試しにやってみたい」というの方のために、ストリートミュージシャンとして、会場に設置されたストリートステージを無料で30分だけ使えるのです。

 

5 後期の曲も聴ける

前々回までは、前期の曲を演奏するバンドが大半でした。というのも後期の曲になるとテクニック的に難しかったり、スタジオで編集が重ねられたりしたものが多くなり、ライヴで演奏するにはハードルが高かったのです。

 

しかし、前回から果敢に後期の曲にチャレンジし、なおかつクオリティの高い演奏を披露するバンドが続出しました。動画を観てみましょう。

www.youtube.com

もっとも、前期の曲が簡単かというとそんなことはありません。例えば、人気の高い下積み時代からの名曲「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は、ポール・マッカートニーのリードヴォーカルですが、アップテンポなナンバーでベースラインを刻みつつ歌うのはかなり難しいんです。メロディーとベースラインは別物ですからね。

 

ベースはこう弾きます。

www.youtube.com

ね、大変でしょ?これを弾きながらリードヴォーカルをやらないといけないんですから(^_^;)ヴォーカルに集中すると、ベースがおろそかになりがちですし、その逆もまたしかりです。これまで出演してきたバンドは、みなこういったハードルを乗り越えてきたのです。

 

6 公式サイトおよび出場バンドのプロフィール

公式サイトはこちらです。

ビートルズストリート公式サイト

Facebookはこちらです。

https://www.facebook.com/beatlesstreet/

バンドのプロフィールと過去の演奏については、こちらのサイトをご覧ください。それぞれのバンドには、ポリシーやこだわりがあります。その違いを比較するのもまた楽しみです。演奏シーンもあるのでそちらもお楽しみ下さい。

Beatles Street2 | 大阪南港ATC

 

7 改めて知るビートルズの偉大さ

ビートルズとは何と偉大なアーティストなのだろうとしみじみと思います。だって、50年も経ってるんですよ!それなのに関西だけでもこんなイヴェントがあり、数多くのアマチュアバンドが集まってくるんですから。これと似たようなイヴェントが全世界で行われているんです。

 

4月25日、27日、29日、30日とポール・マッカートニーの2年ぶりの来日公演があり、日本全国からファンが集結しました。その様子は、5月5日にめざましテレビで放映されました。

www.facebook.com

ライヴの一部です。

www.youtube.com

また、今年は、あのポピュラー音楽界に革命を起こしたアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のリリースから50周年の記念の年です。5月26日にはその記念エディションが全世界でリリースされます。

「sgt peppers」の画像検索結果

それでは、皆さんのご参加をお待ちしています。一日ビートルズ・ワールドにドップリと浸りましょう!

(続く)

(号外)来た!観た!聴いた!ポール・マッカートニー・ジャパン・ライヴ2017(その4 東京ドーム29日編)

「paul mccartney  tokyo 2017」の画像検索結果

ここからやっと、エアではない本当の体験記を書くことができます(^_^;) 

1 東京ドームへ!

さあ、いよいよ会場入りです。まずは、スーツケースをコインロッカーに預け、リュックサック一つで身軽になりました。

 

グッズ売り場は土曜日ということもあり、長蛇の列でした。グッズを買いたい人は早目に会場へ行った方が良いですね。あ、もちろん、また彼が日本でライヴをやってくれることが前提です。私は、あまり物欲がないたちなんですが、せっかくなのでいくつか購入しました。

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Tシャツが黄ばんでみえるかもしれませんがホントは真っ白です!撮影と修正が下手ですいませんm(_ _)mそれより、このTシャツの背中を見てください!2016年~2017年のワンオンワンツアーの東京までの日程がびっしり書いてあります。何と33か所ですよ!

 

そうです、ポールは、世界中でツアーをやってるんです。アメリカは国がでかいからまだしも、日本にいかに何回も来てくれてるかが良く分かります。だって、世界中の都市でこれだけが選ばれただけなんですから。しかも、前回まではここに大阪と福岡まで入ってたんですよ! 

 

ドーム正面の22番ゲートの上部にモニターがあり、ポールのライヴにかける想いをコンパクトに紹介しています。ぜひ、これは多くの皆さんに観て頂きたいですね。なぜ、彼がライヴを続けるのか、ライヴに参加することがどれほど素晴らしいことかが良く分かります。

youtu.be

その後、フェイスブックのファングループの呼びかけで、ライヴの前に記念撮影会がありました。関西在住の方なら会う機会もあるかもしれませんが、それ以外の地域の方とはまずお会いすることはないので、貴重な機会でした。

 

日頃はフェイスブックでしかお目にかかれないファンの皆さんと交流できました。こういう時くらいしかないですもんね、全国のファンが一堂に会するのは。それにしても見ず知らずの人がこれだけ集まるんですから、ポールの引力は地球並みですね。

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恐らく著名人も沢山来ていたと思いますが、誰とも遭遇しませんでした。何しろ5万人が押し寄せてるんですからね。元SKE48の松井玲奈さんが来ていたのは、ご本人がTwitterに投稿していたので後で知りました。

2 いよいよ会場内へ

さて、会場へ入ります。29日は残念ながらアリーナではないスタンド席でしたが、会場は、もう薄暗くなっていて座席を探すのに苦労しました(^_^;)通路までは分かるんですが、列がどこか分からない。結局、スタッフに誘導してもらいました。

 

サウンドはどこでも聴けるし、でっかいスクリーンもあるし、ちゃんと双眼鏡も用意してます。ポールと同じ空間にいて彼のパフォーマンスを観られれば良いんですから。スマホの写真撮影はOKなのでこれもスタンバイして、後はオープニングを待つだけです。とはいえ、1度で良いからアリーナの最前列で柵に寄りかかって、場内のスクリーンに大写しされてみたいもんです。 

 

今日は、スタンド席だったため、おとなしく座っていないといけないかと思いました。しかし私の前の男性が立ち上がったので、これ幸いと私も立ち上がりました。幸いなことに通路の階段側の席だったので体をずらすことで、後のお客さんに遠慮せずに済みました。

 

なお、以下の記事は、記憶に頼って書いてますので間違いがあるかもしれませんが、その辺りはご容赦をお願いします。

3 ポール登場!

そうこうしているうちに会場の照明が消えました。そして、ステージ両サイドのスクリーンに愛用のヘフナーが大写しになりました。キタ~!いよいよだ!相変わらず写真が下手ですいません。皆さん、綺麗に撮影してますけどどうやって撮ってるのかな?

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4 怒涛のパフォーマンスが開始!

オープニング

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ポールは、左腕を高々と突き上げ、観客席に背を向けました。シンバルのチッチッチッというリズムを合図にチャ~ンとあのイントロが。「ア・ハード・デイズ・ナイト」です!今回のツアーは、これで統一するようです。これは、ポールと史上最強のコンビを組んだジョン・レノンがメイン・ヴォーカルの曲です。

  

ポールは、1976年にウィングスとして全米ツアーを開催した時も、ジョージのサムシングを演奏したことはありましたが、ソロになってからのツアーでは、自分がメイン・ヴォーカルを担当した曲以外の曲は殆ど演奏していません。 

 

このことについてポールは、2016年のニューヨーク・タイムズ紙の取材にこう応えています。「私は、今まで自分がメイン・ヴォーカルを担当した曲以外の曲は歌わないことにしていた。それは今でも変わらないんだが、ジョンがメイン・ヴォーカルを担当した『ア・ハード・デイズ・ナイト』を歌い始めたんだ。もちろん、みんなが知っているようにこれはジョンの曲で、私が少し手伝った。それは、『ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オヴ・ミスター・カイト』も同じだ。結局、それらはどちらを演奏しても遜色がない位良い曲だ。私は、この曲のベースが複雑でメロディーを歌いながら弾くのは不可能だから歌わないと言っていた。というのもこの曲のメロディーは対位法を使っているんだ。でも、結局、私は、弱気になるのを止め、できるものならやってみようと思ったんだ。気持ちを奮い立たせ、練習した。」

 

他に演奏できない、あるいはしないビートルズの曲があるかと質問されると、「たぶん、できない曲はたくさんあると思うよ。私は、自分の曲ばかりを演奏していたからね。他のメンバーが作った曲で嫌いなものなんか一つもない。私は、ビートルズがやったこと全てのファンなんだ。私は趣味が良いからね。」彼は続けて、最近になってもあの頃に作ったり、レコーディングしたりしたものとそれ程変わっていないと感じると語っています。

 

「奇妙なことにそれ程変わっていないんだ。いい加減飽きが来て『もう止めた!』ってなるかなとも思う。でも、演奏し始めると自分が若かった頃にやったことを見直してみるんだ。するとラインにしてもフレーズにしても感激して、この若いヤツはやったなって思うんだよ。」

 

以前は殆どやらなかったジョンやジョージがメイン・ヴォーカルを担当した曲を歌うようになった経緯について語っています。このインタヴューの応えと今日、そして最終日のパフォーマンスを合わせてみて、ポールが重大な決意、すなわちビートルズの遺産は自分が後世に伝える」という覚悟を見ることができました。

 

今までは自信がなくて手が出せなかったんですね。それは、彼がいうようにクオリティーを保つことが難しいことに加え、同じビートルズファンでもジョン、ジョージ、リンゴ、それぞれのファンがいるからです。彼らがメインボーカルの曲をポールが演奏することは、彼らのファンの反発を招いてしまうリスクもあるわけです。

  

しかし、ボールは、あえてそのリスクを背負う覚悟で臨んだのでしょう。私は、ビートルズ時代の「キャリー・ザット・ウェイト」の歌詞を思い浮かべました。「Boy, you're gonna carry that weight. Carry that weight, a long time.君はその重荷を背負って生きていくんだ。これから長い間ずっと」。そう思うと胸が熱くなり、涙がこぼれそうになりました。 

 

74歳で、大成功を収めた彼がそんなリスクを背負う必要はサラサラないのです。今まで通り決まったセットリストをやっていれば、それだけでファンは満足してくれるはずです。しかし、彼は、大きな決断をしたのでしょう。今までと同じことをやっていたんじゃダメなんだ、新たなチャレンジをするんだと。 


ポールは、センターマイクで「コンカイモ、ニホンゴ、ガンバリマス!」「オッス」と告げると、観客から万雷の拍手が。日本語のMCの時はいつも左下を見てますが、おそらくその辺りにモニターがあるんでしょうね。相変わらずたどたどしい日本語ですが、変に流暢に喋られるより彼らしくていいと思います。

 

3曲を終えると、英語を挟んで再び「ボク、ポール・マッカートニー」と自分の名前をあえて日本語っぽく発音して自己紹介しました。これも初めてだと思いますが、結構受けましたね。日本人スタッフのアドヴァイスでしょうね。 

8曲目  マイ・ヴァレンタイン

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ポールが2012年に制作した楽曲です。これは、現在の妻であるナンシーとまだ結婚する前に、モロッコで過ごしていた時に彼女との会話にヒントを得て制作しました。「コノキヨクハ、オクサンニツクリマシタ」というMCでファンの笑いを誘っていました。

 

巨大スクリーンにはプロモーションビデオの映像が流されていました。因みにこのプロモに登場しているのは、俳優のジョニーデップとナタリー・ポートマンで手話を披露しています。しっとりとしたいい曲です。 

14曲目  ラヴ・ミー・ドゥ

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やっぱりこれですね。なぜか日本ではなかなかやってくれませんでした。何といっても、イントロと間奏のハーモニカのブルージーな響きが心に刺さります。記念すべきビートルズのレコードデビュー曲ですが、チャート17位止まりでした。しかし、今となっては歴史に残る曲となりました。不思議なものですね。チャート1位を獲得してももう誰も覚えていない曲もたくさんあるというのに。 

19曲目  クイニー・アイ

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2013年に発表された曲です。ポールの凄いところは、今なお創作意欲が全く衰えず、次々と新作をリリースしているところです。この曲も結構キーの高い曲ですが、あの歳でまだ制作して演奏するんですから信じられません。 

36曲目  アイ・ソー・ハー・スタンディングゼア

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この曲もこの日しかやりませんでした。ノリノリのナンバーで会場の観客も一斉に踊り出しました。もちろん、私も通路の階段のあたりで踊りましたよ。 

37~39曲目 ゴールデン・スランバーズ、キャリー・ザット・ウェイト、ジ・エンド

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ポールは、観客に腕時計を見せるしぐさをしながら「モウ、ソロソロ」と語りました。これもこのツアーで初めての日本語ですね。分かってるんです、もう終わりなのは。でも、名残惜しい。終わって欲しくない。しかし、時は非情です。待ってはくれません。

 

心地よい余韻に浸りました。そして、ファングループの方と飲みに行き、ビートルズ、ポール談議に花を咲かせました。至福の時ですね。さあ、明日は最後だぞ。同じ時は2度と来ないんだ。心して聴けよ、と自分に言い聞かせつつ帰路につきました。

(参照文献)Real Rock News

(続く)

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(号外)来た!観た!聴いた!ポール・マッカートニー・ジャパン・ライヴ2017(その3 東京ドーム27日編(エア実況))

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1 東京ドーム

さて、場所を東京ドームに移して2日目のライヴです。前回に続いて、今回も私は参加できなかったのでエア実況ということになります。

 

25日の武道館公演は、歴史の転換点を示す大きな意義があるかのように思えました。ただ、その時点ではそれが証明されたとはまだいえません。なぜなら、セットリストの見直しがポールのチャレンジだったのか、それとも単なる彼の気まぐれだったに過ぎないのか、まだ分からないからです。

 

最終的には、30日の公演が終わるまではわかりません。しかし、25日の武道館公演は、ポールの新たなチャレンジを期待させる内容といえました。そして、それが真実であるかどうかは、これからの公演の内容次第です。

 

余談ですが、なぜ武道館の公演は時間が短いのでしょうか?あくまで噂に過ぎないのですが、武道館は皇居から距離が近いんです。そうすると、夜遅くまでやっていると皇居にまでそのサウンドが聞こえて、静謐を害するおそれがあります。それに大勢の人が集まるので警備上の問題もあります。それで公演時間を短くせざるをえないのではないでしょうか? かといって開始時間を繰り上げると、都合がつかない人が増えてしまいます。

2 初日とセットリストが違う!

1 早くも2曲目から

さて、東京ドーム公演です。セットリストの2曲目が早くも武道館と替わりました。武道館ではジェットでしたが、東京ドームではジュニアーズ・ファームに差し替えられたのです。また、3曲目は、武道館ではドライヴ・マイ・カーでしたが、これもキャント・バイ・ミー・ラヴに差し替えられました。ポールが、これほど目まぐるしくセットリストを変えたのは、少なくとも日本公演では初めてです。

 

もちろん、どれも何度もやっている曲ですし、急にリクエストを受けたとしてもやれるはずです。それでも、セットリストを変更するのはとても勇気が要ります。実際、ポールは、初日の武道館であのブラックバードでトチってしまいました。ソロでやる曲ですら間違えてしまうんですから、他のメンバーとセッションする曲になればなおさらミスが起きる可能性が高くなります。

 

同じ曲であっても曲順を変えれば、それだけ間違える危険性は高くなります。これは、バンドをやっている方ならよくお分かりだと思います。あのポール・マッカートニーが間違えたとなったら、それだけで大事件になってしまいます。下手をすれば、口さがないマスコミから「引退勧告」を受けるかもしれません。

 

それに、彼は楽器を何種類も演奏するんです。ベース、エレキギターアコースティックギター、キーボードと楽器をチェンジするだけでなく、同じ種類の楽器であっても曲によってチェンジしています。それをいとも易々と演奏しているのですから、そのテクニックと適応能力の素晴らしさには脱帽してしまいます。

2 4曲目 レッティング・ゴー(ワインカラーの少女)

これは1975年にウイングス時代に制作した曲です。ウィングスは、ビートルズ解散後ポールが結成した彼をリーダーとするバンドです。1971年から活動を開始し、1981年まで活動を続けました。数々の名曲もこの時期に生まれています。

 

武道館公演でもこの時代の曲を演奏しましたが、これは、「私は、ウイングスのことも決して忘れてはいない」というポールのメッセージだと私は受け止めています。もちろん、曲自体素晴らしい曲も沢山あるのですが、あえて大ヒットしたマイ・ラヴなどのメジャーな曲ではない曲を選択したところに、彼のウィングスに対する思い入れを感じます。

 

ビートルズ解散で失意のどん底に叩き落とされていたポール。それを懸命に支えてくれたのは今は亡き妻リンダ・マッカートニー、そしてウィングスのメンバーでした。解散の痛手からようやく立ち直ったポールは、アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」でフェニックスのように蘇ったのです。ウィングスがいなければ今の彼はなかったかもしれません。

 

バンドは、事実上解散して36年が経ってしまいましたが、彼らの残した足跡はしっかりと刻み込まれています。

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後でわかったことですが、この曲を演奏したのはこの日だけです。これがいかに重要なことかファンの方ならお分かりいただけると思います。そうです。この曲は、この日に参加した人だけしか聴けなかったのです。他にもその日しか演奏しなかった曲があります。

 

つまり、今回のツアーで彼が演奏した曲を全部聴きたいと思えば、全ての公演に参加しなければならなかったということです。残念ながら、私は29日、30日の2公演しか参加できませんでしたが、それでも違う曲を聴くことができてこの上ない幸せを感じました。

 

チケットを買った時は、全く同じ曲を2回聞くことになるけどそれでも構わない、ポールの生の歌声を聴いて彼が演奏している姿を観られればそれでいい、同じものを何回観てもいい、いや何回でも観たいという思いでした。仮に全く同じセットリストだったとしても、全然抵抗はありませんでしたから迷わずチケットを買いました。

 

2016年に公開されたドキュメンタリー映画「エイト・デイズ・ア・ウィーク」も劇場で4回観ました。あともう1回観ようと思っていた位です。観てるものは同じです。でも違うんです。あそこを見落としたとか、あれはどうだったかとか、あのシーンをもう1回観たいとか。ファンの方なら分かりますよね?ライヴになると、同じ曲でも日によってパフォーマンスが違うんです。何せ生ものですから。

 

分かりやすい所でいえば、エンディングで演奏するジ・エンドですが、あの3人のギターソロの競演です。どの公演1つをとっても同じものはありません。やっている彼らも同じことをやれと言われてもできないでしょう。その時、その場のノリでアドリブでやってるんですから。そこに価値があるんです。 

 

その一瞬は、その時にしか味わえません。そこだけを切り取って金庫に保管しておくことはできないのです。自分の脳裏に刻み込むしかないのです。

3 7曲目 アイヴ・ガッタ・フィーリング

 

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この曲は、25日の武道館が日本で初披露でした。これは私が大好きな曲でやっと演奏してくれました。イントロのギター、そして全く違う歌詞のヴォーカルが対位法で同時に重なりながら見事にコラボレーションしています。

 

しかし、大きなものが1つ欠けています。いうまでもなく違うパートを歌ったジョンの存在です。彼がこのステージにいてくれたら、この曲だけでも一緒に演奏してくれたら。叶わぬ願いとは分かりつつもついそう思ってしまいます。

4 13曲目 ユー・ウォント・シー・ミー

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「どんな風に曲を作るのかって良く聞かれるんだけど、色々あるんだよ。例えば、この曲はこんな感じで作ったんだ。」と言いつつ、アコースティックギターでイントロを弾くポール。オリジナルとは違うイントロだったので、何の曲かすぐには分かりませんでした。わ、ユー・ウォント・シー・ミーだ!アレンジを巧みに変えています。

 

これも日本では初公開です。中期のビートルズの曲であり、とても好きな曲です。それほど目立たない曲ですが、「ウ~、ラ、ラ、ラ」というハモりがうっとりさせてくれる良い曲です。

 

オリジナルは、コーラスが音程を上げていくのに対し、ポールのベースラインが逆に下がっていくんです。玄人好みの曲ながら、一般の方にも聴きやすい曲だと思います。しかし、まさかこれを入れて来るとは思いませんでした。確かに、海外ツアーでは51回演奏されてますけどね(2017年5月5日現在)。

 

今回のツアーの何が凄かったかというと、ビートルズの前身のクオリーメンの時代から現在の曲まで、タイムマシンに乗ったかのようにポールが自由自在に飛び回ったことです。50年以上前の曲と現在の曲を同じステージでやってるんです。懐かしの名曲ばかりを集めたコンサートなら分かります。しかし、昔の曲と現在の曲とが同じステージで演奏されるなんてあり得ません。

 

クラシックなら変わることがないのは当然ですが、流行に左右されるジャンルのポピュラー音楽なんです。少し前の曲ですら古いと感じてしまう。それをミックスして演奏してるんです。まるで、レインボーカラーの端から端まで縦横無尽に駆けまわっているような、それでいてなんという居心地の良さ!何の違和感も覚えません。

 

ポールとは、そしてビートルズとは何と偉大な存在なのでしょうか?いや、勝手に感動してるのは私だけなのかもしれません。独り言として聞き流して下さい。

5 17曲目 ヒア・トゥデイ

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「コノキョクハ、ジョンニササゲマス」と言うMCで始めました。この曲を聴きながら、涙がこぼれそうになりました(いや、エアです)。これは、1980年に殺害されたジョンを偲んでポールが1982年に制作した曲です。 

 

歌詞のIf you were here todayとは、もし今日君がここにいてくれたらという意味です。もちろん、ジョンのことを指しているんですね。ポールは、どんな想いでこの曲を歌ったのでしょうか?


6 36曲目 ザ・バースデイ

 

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アンコールで演奏しました。この曲も大好きな曲です。ノリが良いですね。そして、この曲もこの日しか演奏されませんでした。

 

今回もポールは、全39曲を水分補給せず、アンコールで一度ステージから降りた以外は出ずっぱりでした。結論を出すのは、この時点ではまだ早いのですが、ポールの姿勢はほぼ分かりました。従来のセットリストを見直しただけでなく、例え同一都市でのツアーであっても、日程によって曲を差し替えるという姿勢に転換したんです。

(続く)

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(号外)来た!観た!聴いた!ポール・マッカートニー・ジャパン・ライヴ2017(その2 日本武道館編(エア実況))

「paul mccartney twitter」の画像検索結果

youtu.be

さて、いよいよライヴ本番です。

1 4月25日、日本武道館

「paul mccartney one on one japan 2017 budokan」の画像検索結果25日の日本武道館、27日の東京ドームは参加できなかったのですが、セットリストを参照しながら「エア実況」してみます。なお、セットリストは、ここで書くと長くなってしまうので、すいません、ネットで検索して下さい。

 

1 オープニング

予想通り「ア・ハード・デイズ・ナイト」でした。直近の2016年10月15日に開催されたアメリカツアーもこれだったので、多分これじゃないかと予想してました。一番、最初にこれを聴いた人は感激したでしょうね。「ポールがジョンのメインヴォーカルの曲を歌ってる!」って。

 

私は、ポピュラー音楽界に革命を起こした伝説のアルバム「サージェント・ペパー」の50周年でもあるし、5月にはスペシャル・エディションの世界同時リリースも控えているので、そのタイトルナンバーを持ってくるかもと心中では密かに期待したのですが空振りでした(^_^;)

 

ただ、以前は自分がメイン・ヴォーカルを担当した曲が殆どでしたが、最近は、ジョンがリードヴォーカルを担当した曲も演奏することが増えました。このことについては、また後程触れます。

 

それから、今までより日本語のMCの量が増えました。日本人スタッフに教わったんでしょうね。相変わらずたどたどしいんですが、そこがまた可愛い。変に上手くなるより今のままで良いと思います。大阪だと「マイド!」とか方言を入れてくれるんですけどねえ~( ノД`)英語のMCは字幕が出るんですが、必ずしもその通りにはしゃべってません。 

2 4曲目 ジュニアーズ・ファーム

ウィングス時代のヒット曲です。好きな曲です。懐かしい。っていうか、え?これを入れたの?確かに、直近では2016年10月13日にアメリカ、カリフォルニア州のパイオニアタウンのライヴでは演奏してますが、日本のライヴでは初めてのはずです。2015年京セラドーム大阪のサウンド・チェックでは入れてましたが。あれ、何だかおかしいぞ。

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私が驚いたのは、ポールがセットリストを今までと変えてきたってことです!これは事件だ!しかも4曲目でもう?事情をご存じない方にはピンとこないと思いますが、彼は、少なくとも同じツアー中は絶対セットリストを変えないタイプのアーティストなんです。また、そのセットリストもいわゆるメジャーどころのド定番の曲が多く、それを動かすことは殆どなかったんです。

 

その理由は定かではありませんが、察するに彼は完全主義者なので、1曲1曲に全身全霊を込めたい。パフォーマンスに寸分の狂いすらあってはならない。そうすると、どうしても固定したセットリストにならざるを得ないということではないかと思います。 

 

もう一つの理由は「名曲があまりに多すぎるから」ですね(^_^;)ビートルズ時代のポールがメインヴォーカルの曲だけでもどっさりあるのに加え、解散後に制作した楽曲まで入れたらキリがありません。そして、誰もが知っている名曲を入れないと必ず観客からクレームが来ます。

 

かつて彼は、インタヴューで「毎回ステージでイエスタデイを歌っていて飽きませんか?」と聞かれ(結構失礼なことを聞く記者ですね)、「だって、それをやらなかったらお客さんが金かえせ!って怒るだろ?(笑)」と応えていました。

 

そういえば、以前、エリック・クラプトンの来日公演で「いとしのレイラ」をやらなかったんです。そしたら「何でやらないんだ!」って怒ってたお客さんがいましたもん。

 

そんな彼が4曲目でいきなり今までと違う曲をブチ込んできた!これは、おかしい。何かとんでもないことが起こりそうな予感がする(いや、その場にいたらの話です(^_^;)あくまでエア実況ですから)。そして、実際、とんでもないことが起きたんです。って、そう思ってるのは私だけ? 

3 12曲目 イン・スパイト・オヴ・オール・ザ・デインジャー

「ツギハ、ハジメテレコーディングシタキョクデス」ん?ラヴ・ミー・ドゥか?しかし、イントロが違う。でも、何度も聴いたことのある曲だ。そうだ。「イン・スパイト・オヴ・オール・ザ・デインジャー」だ!これはビートルズがまだクオリーメンを名乗っていた頃にレコーディングした曲で、アンソロジー1に収録されています。 

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おいおい、これを持ってくるか?ビートルズになる前の曲だぜ?今までと全然違うぞ。おかしい。明らかに異変が起きている。ポールは、何かをやろうとしている。何らかのメッセージを送ってきているんだ。でも、この時点ではそれが何か分からない。ああ~、もどかしい!だめだだめだ。そんなことに気を取られていたら、せっかくの演奏が耳に入ってこない(だからあ~~~、エアだっつうの(+_+;)\(-_-;) ) 

4 13曲目 ラヴ・ミー・ドゥー

これも日本公演ではやってないはずだ。ポールは、これでもかと次々と新しい曲を畳みかけてくる。

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5 16曲目 ブラックバード

ようやく毎回必ず演奏する定番の曲に戻り、少しホッとした。が、あり得ない!ポールが歌詞を間違えた!?taken some kinds of...wait a minute(ちょっと待って💦)毎回演奏してる曲なのに、何で?

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6 18曲目 アイ・ウォナ・ビー・ヨー・マン

「ツギハ、ニホンハツコウカイデス」え?2年前の武道館では「アナザー・ガール」を世界で初めてライヴ演奏してくれた。今度は何をやってくれるんだ? 緊張しながら待っていると、演奏し始めたのは何と「アイ・ウォナ・ビー・ヨー・マン」だ!これはリンゴがメインヴォーカルの曲じゃないか!ポールは、一人でビートルズ時代の他のメンバーがメインヴォーカルの曲をやるつもりなんだ。

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そうか、やっと分かったよ、ポール。「ジョンもジョーももう天国に行ってしまった。リンゴは、自分のメインヴォーカルの曲しか歌えない。じゃあ、私がビートルズ時代の曲を歌うしかない。」そう考えたんだね。

 

ポールは、「イェイ!」などと観客にコールし、レスポンスを要求します。観客も見事に応えます。この一体感!これがライヴの楽しさなんですよね。

7 20曲目 ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オヴ・ミスター・カイト!

ポール「次は、サージェント・ペパーから。50年前だよ。信じられない。」とのMCに続いて、演奏したのがこれまたジョンがメインヴォーカルの曲だ。これで確信したよ、ポール。ビートルズの偉大な遺産を後世の人に伝えていく」その重い責任を自ら背負ったんだね。Boy, you're gonna carry that weight. Carry that weight, a long time.(君はその重荷を背負っていくんだ。これから長い間ずっと。)

 

胸が熱くなり、涙が溢れてきました。いかにビートルズ時代の曲とはいえ、自分が制作したわけでもなく、メインヴォーカルもやったことがない曲をやるのは、そんな生易しいことじゃありません。それどころかビートルズファンの中には、それぞれのメンバーのファンがいるんです。下手をすれば彼らの反発を買ってしまう。それでも、ポールは、そのリスクを背負うという覚悟を決めたんです。

 

そして、私は、もう一つ重要なことに気が付きました。それは、「ポールは、自らの覚悟をファンに初めて見せるステージとして日本を選択してくれた!」ということです。この上ない名誉じゃありませんか。いや、それはあんたの勝手な思い込みだと笑っていただいて結構です。 

 

しかし、考えてみて下さい。あれ程頑ななまでにセットリストを変えようとしなかった彼が、大胆にもそれを変えてきたのです。これはヤワな神経ではとてもできません。向こう見ずな10代や20代の頃の彼とは違うんです。

 

とっくにスーパースターとして君臨している彼が、何もそんなリスクを冒す必要はサラサラないんです。今まで通りやり慣れた曲を普通にやるだけでお客さんは十分満足してくれるんです。だって、本物のビートルズの曲を演奏できるのは、今となっては彼しかいないんだから。

 

私だったら、怖くてできません。いや、それよりとっくに引退して毎日遊んで暮らしますよ。ところが、ポールは、74歳でまだ新たな取組みにチャレンジしているんです!

 

「日本のファンは暖かい。しかし、耳は肥えている。彼らの前で試してみて反応が良ければ、私の決断が正解だったということだ。」そう考えたのでしょう。ただ、この時点ではこの考えはまだ「仮説」に留まっています。これが真実だと証明されるためには、後3回の日本公演を観る必要があります。

 

ところで、武道館ではファンがステージに上げてもらってました。チクショー、羨ましいぜ!

2 日本のファンからの質問に答える

そうそう、日本のファンからの質問に答えるというコーナーも特設されました。皆さん、何か質問を送りましたか?採用されたとしたら宝くじに当たるより幸運ですよ。リアルタイムで観てましたけど、途中で数えるのを諦めました。とてつもない数の質問が寄せられてましたから。 

 

質問:日本の観客は、他の国の観客と比べてどうですか?

ポール:サイコー!(日本語)日本のファンはファンタスティックさ。

質問:カラオケは、日本ではとても普及しています。あなたがカラオケで歌うとしたら何を歌いますか?

ポール:カラオケで何を歌うかって?う~ん…。「マイ・ウェイ」(往年のハリウッドスター、フランク・シナトラの名曲)かな、多分。それから「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」だろうね。他には思いつかないよ(笑)でも、もし、気分がハイになってたら他の曲も歌うかもしれない。

質問:あなたはベジタリアンですが、日本の食べ物で好きなものはなんですか?
ボール:アボカド巻きか河童巻き。

質問:日本のお茶は好きですか?
ボール:う~ん、緑茶だね、う~ん。日本人は、僕より濃いめのが好きだね。僕は、多分、もう少し薄めの方が好きだな。でも、緑茶は好きだよ。

質問:日本について特に印象深いことが何かありますか?
ボール:そうだね、街がきれいなことは驚きだよ!とても信じられない。東京ではゴミが一つも落ちていない。それから日本の人たちはとてもフレンドリーだ。

 

ありゃ、気が付いたら相当書き込んでますね(^_^;)ってなわけで、東京ドーム公演は次回以降で取り上げます。

(続く)

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(号外)来た!観た!聴いた!ポール・マッカートニー・ジャパン・ライヴ2017(その1 大阪~東京ドーム編)

今回は、2年ぶりに開催されたポール・マッカートニーのジャパン・ツアーに参加した体験談です。

1 ポール降臨!

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2017年4月23日午後7時9分、50年以上の長きにわたりポピュラー音楽界に君臨するレジェンド、ポール・マッカートニーがプライベート・ジェットで羽田空港に到着、日本の大地に降臨しました。

 

空港には約700人のファンが詰めかけ、彼を歓迎しました。いつものように長旅の疲れを見せることなく、ファンに笑顔で手を振るポール。中にはサインをもらったラッキーなファンもいました。羨ましい~。1966年に来日したときは、警察の厳重な警備で出迎えることすらできませんでしたからね。

2 今回は全4回の公演

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25日日本武道館、27,29,30日東京ドームと4回のライヴが開催されました。残念ながら、大阪、福岡での公演はなく、東京のみとなりました。地方のファンにとって上京するのは、日程や費用その他様々な制約があります。おまけに、前2日は平日ですから、お仕事などがある方は、東京近郊在住でないとなかなか参加が難しかったと思います。それでも、日程や費用などを何とかやり繰りして全国からファンが集結しました。

 

私も、29,30日のみの参加となりました。ですのでごめんなさい、25,27日のレポートは他の方のを参照して下さい。

3 一人前夜祭

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ポールの来日前に、まずは大阪のZeppなんばで上映されたウィングスが1976年に行ったアメリカ・ツアーを映画化した「ロックショウ」を観ました。映像も音声もリマスター&レストアされ、映像も美しく修正され、音声は、5.1chサラウンドで実際のライヴ会場にいるかのような迫力がありました。特にベースのサウンドは腹に響く程でした。

 

そして、もう1回一人前夜祭をやりました。既に25日の日本武道館、27日の東京ドーム公演が終わった後ですが、28日にこれもZeppなんばで上映された映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」を観たんです。何度観ても飽きない名作ですね。

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上映前の30分、星加ルミ子さんのトークショーがあったんです。もちろん、お名前は良く知っていましたが、ご本人の姿を観たのはこれが初めてです。

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50年前、星加さんは、何のコネも無いのに単身イギリスのEMIに乗り込み、アポなしで片言の英語で取材を申し込み、実現させたという「猛者」です。小柄でとてもそんな大胆なことをやったとは思えないんですがね。

 

でも、驚いたのは、星加さんが元々ビートルズファンでなかったということです。私は、てっきり最初からファンだと思っていたんですが。むしろ、アメリカのポップスが好きで、ビートルズは、そのマネをしてるんだろう程度の認識だったんです。

 

当時、日本人が海外へ行くのは大変でした。手続きも大変だし、何しろ1ドル360円の時代ですから、出張費もとんでもなく高くついたのですが、会社が気前よく出してくれたそうです。

 

ただ、星加さん自身は、「何で英語も話せない私が?それに幹部でもないのに。」という気持ちだったんですね。会社の目論見は、若い女性が行った方がより説得力があるだろうということだったんでしょう。結果的にはその目論見通りでしたし、星加さんが和服を着て行ったのも大正解でした。EMIのスタッフに大変珍しがられましたから。

 

やっとの思いでEMIに到着し取材を申し込んだのですが、なかなか受け入れてもらえませんでした。というのも、ビートルズは既に世界的なスーパースターになっていて、世界中のメディアが取材を申し込んでいたため、一つ受けてしまうと他も受けなくてはいけなくなるので、ブライアンが全部断っていたんです。

 

しかし、星加さんは、会社に沢山お金を出してもらってこのまま手ぶらでは帰れないと思い、「取材を受けてくれないのなら、このままテムズ川ドーバー海峡に飛び込んで死ぬ」と脅したんです(^_^;)

 

何せ「ハラキリ」の文化を持った国だというのが当時の外国人の日本に対する印象ですからね。死なれちゃたまらんとEMIも慌てて応じたんでしょう(笑)30分だけという約束でスタートしたのですが、何と3時間も話したんです。他の予定はキャンセルしたんですかね?ビートルズも「日本から可愛い女の子が取材に来た」と喜んだんでしょう。

 

星加さんは、ビートルズと一緒に写真に収まり、それはミュージックライフの表紙になりましたが、「何で記者のくせに主役のビートルズの真ん中にいるんだ⁉️」と後で散々怒られたとか。今まで違和感なくこの写真を見てましたが、そういえば主役より目立ってますね(笑)

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なお、星加さんの唇は真っ赤に写ってますが、あれは後から人工的に着色したんだそうです。

 

1966年にビートルズが来日した時、ジョンに当時日本の漫画で大ヒットしていた「おそ松くん」の「シェー」のポーズを教えたのも彼女です。

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4 いざ、東京へ!

さて、上映が終わり、夕食を採って休憩した後、近くにある夜行バスの乗り場に向かいました。この歳で夜行バスはなかなか辛いものがありますが、新幹線は高くつきますし、乗り換えもしなくて済むのである意味楽かなと。それに早朝に到着してたっぷり時間はありますから、眠ければネットカフェで仮眠を取ってもいいですし。昔と違い今の夜行バスはかなり快適になってます。

 

ただし、料金によりグレードは違うのでそこは気を付けないといけません。私の選んだバスは、リクライニングがありトイレも付いてます。その分、料金が高めですがこれは仕方ないですね。真冬でなかったのが幸いです。真冬だと寒さに震えながら待たないといけませんから。

 

でも、あんまり眠れませんでした(^_^;)結局、到着してからネットカフェで長時間眠ってしまい、あまり意味がなくなってしまいました。 

5 生まれて初めて入り待ちを体験!

私、会場での入り待ちってやったことなかったんです(^_^;)ところが、ビートルズのファングループの方からメッセージを頂き、その方のお友達が入り待ちされてるので、合流してはいかがですかと。素のポールを見られるかもしれないまたとないチャンスですから、即座に合流することにしました。いやあ、ファングループに入ってて良かった~。開演までまだ何時間もあるのにもうこれだけの人がドームに集結していました。

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紹介して頂いた方もお会いしたこともないし、もちろんそのお友達も初対面です。見つけられるか不安だったんですが、すぐに分かりました。そこはファン同士、戦場で戦友に会ったようなもんですね。いや、戦争に行った経験はありませんよ、もちろん。

 

その方は、朝早くから場所を確保してたんです。その熱心さには頭が下がります。絶好のポイントがあるんですが、そこは既に別のファンの方が抑えていました。歩道は警察官が立ち止まらないよう通行人にしょっちゅう声をかけているので、ちゃんと場所取りをしないといけません。ポールが来るといっても自動車で通過するので一瞬なんです。その一瞬を逃さずに撮影しないといけません。

 

何かライヴとは違う緊張感がありましたね。スマホのバッテリーは大丈夫かとか、電源は落ちていないかとか。良くやるミスは録画ボタンを押したつもりで、実際には押してなくて録画できなかったってパターンですね。チャンスは1度切りですから。時々キャ~って女性の歓声が上がるので「来たか!」と思ったら、近くのジェットコースターに乗ってるお客さんでした(^_^;)慣れとは大したもんで何回も聞いているうちに、聞き分けられるようになりました。

 

そして、学習しました。ポールが会場に来る直前は、交差点でスタンバイしている警官の動きが急にあわただしくなること、そして彼の乗っている車のすぐ前を若い男性スタッフが全速力でダッシュしてドームへ向かうことです(笑)次に彼が来日する時の参考にします。もちろん、私は、というかファンはみんな彼がまた来てくれると確信してますよ!

 

ポールは、ウィンドウを下げてファンに笑顔で手を振ってくれるところが凄いですね。他のアーティストだったらこんなサーヴィスなんかしないで、とっとと会場入りしちゃいます。これがその時の映像です。ごめんなさい、ほんの一瞬です(;^_^A

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後でファンの方からポールを長めに撮影できる秘訣を教えてもらいました。なるほどその手があったか。

 

別のファンの方は、ポールが宿泊するホテルにずっと張り付いてスタンバイし、バッチリ撮影に成功しました。ファン同士で情報を交換して空港に到着する時刻とか宿泊先とか調べているんです。ポールは、もう50年以上も音楽活動をやってるんですよ!それなのにまだ日本だけでもこんな熱心なファンがワンサといるんですから。これはその方々が撮影した渾身の写真です。アングル、ポールのリラックスしたにこやかな表情、ポーズ、すべてパーフェクトです。お見事!

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次回は、いよいよライヴ編です。

(続く)

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(号外)行くぞ!ポール・マッカートニー、ワン・オン・ワン・ジャパン・ツアー2017へ!

「paul mccartney one on one tour 2017」の画像検索結果

いよいよその時がやって来ました!2年振りにポールが来日公演を開催します!今回は東京だけのため、平日4月25日の日本武道館、27日の東京ドームは参加できませんでしたが、休日には上京します!参加するファンの皆さん、東京ドームでお会いしましょう!

1 2年振りの来日公演

 

2016年は、ビートルズ来日50周年に当たっていたので、来日公演があるのではないかと密かに期待していたのですが、残念ながらそれはありませんでした。

 

やっぱりダメかと諦めていたのですが、年末が近づくと何とポールが紅白歌合戦にサプライズ出演するとの噂を耳にしました。まさか、そんなことはないだろうと半信半疑でしたが、とりあえずチャンネルを合わせ、その時を待っていました。

「paul mccartney one on one tour 2017 紅白歌合戦」の画像検索結果

すると放送の途中で進行が中断。「もしや?」と注目していると、1966年にビートルズ羽田空港に到着したあのシーンが登場したではありませんか!

 

そして、その後、ポール本人が登場し、来年来日公演を開催することを自らアピールしたんです!そう、噂は本当だったんです!その後、チケットの販売が開始され、矢も楯もたまらず申し込みました。

2 日本武道館公演も追加

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その後、武道館公演も追加されることが公表されました。しかし、平日で仕事があることと、往復の旅費、宿泊費に加え、チケット代もかさむため、やむなく見送ることにしました。

 

2年前は、日程の都合で武道館公演しか行けなかったので、頑張って参加したのですが。ただ、以前にも書いたとおり、武道館ではポールを大感激させたサプライズ演出があり、私もそれに加われたことが良い想い出になっています。

3 伝説のアルバム「サージェント・ペパー」50周年!

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2017年は、あのポピュラー音楽界に革命を起こした伝説のアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のリリースからちょうど50年を迎える記念の年です。それに合わせ、アップルは、記念エディションを5月26日に全世界で同時にリリースすることを公表しました。

ビートルズは、既にアルバム「リヴォルヴァー」でオリジナルのサウンドにスタジオにおいて様々な編集を加えるという実験的な試みを成功させたのですが、サージェントではさらにそれをステップアップさせ、ポピュラー音楽をエンタテイメントに留まらせず、アートに昇華させたのです。このアルバムがリリースされた当時、全世界がその革新的な内容に衝撃を受けました。 

 

オリジナルのアルバムは、当時としては珍しいいわゆる「コンセプト・アルバム」であり、一つのコンセプトでアルバム全体が統一されています。

 

ペパー将軍という架空の人物を設定し、彼のための音楽隊がステージで色々な曲を演奏するというスタイルをとっています。この後、ポピュラー音楽界では、アーティストがアルバムで自分の音楽に対する姿勢を明確に示すことが常識になりました。

4 いざ東京ドームへ!

私は、29日、30日に東京ドームで開催されるライブに参加します。前日の28日夜に大阪のZeppなんばで上映される映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」を観ます。この日は、上映前に星加ルミ子さんのトークショーがあるんです。東京ではイヴェントが沢山開催されますが、大阪では数少ないのでこの機会を逃さないようにと思い、チケットを購入しました。

 

上映が終わった後、夕食を済ませ、東京行きの夜行バスに乗り込みます。ずっと座りっぱなしだし、眠れるかどうかも分かりませんが、新幹線だと料金が高いんですよね。それに乗り換える必要もないので、却って楽かもしれません。

 

これが京セラドームなら日帰りできるんですが(^_^;)翌日の早朝に東京に到着しますが、たっぷり空き時間があるので、疲れていればネットカフェでゆっくり休憩しても良いですし。

 

東京ドームではライヴの前にフェイスブックのファン・グループの皆さんとの記念撮影会をすることになっています。普段はフェイスブックだけでお会いする機会も滅多にありませんから、これも楽しみですね。

5 ポールを全身で受け止めたい!

以前にも触れましたが、ポールが来日公演を行うこと自体、そんなに容易ではないんです。本当にこれが最後になってしまうかもしれません。だからこそ彼の姿、声、演奏、そして会場の雰囲気を、全身をスポンジに変えて受け止めたいと思います。帰りはこれまた格安航空券で飛行機です。 

 

行きもそうしようかと思ったのですが、欠航になると代替便の保証がないのでリスクが高いと思い、夜行バスにしました。帰りは欠航になろうがどうにでもなりますから。さて、いよいよ出発です!ライヴのレポートはまた後日にアップします。

(続く)

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(その119)ポール・マッカートニーのヴォーカルの凄さについて(その5)

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2 明るく元気系

ポールの若かりし頃の明るく元気一杯のヴォーカルです。特に前期の曲で目立ちます。

1 キャント・バイ・ミー・ラヴ

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この系列の筆頭に挙がる曲です。ビートルズ初の主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」でも採用されました。雲一つない青空に向かって大きな声で元気一杯に歌っているような気持の良い曲です。映画で4人が走り回っているシーンにピッタリですね。

 

これまでシングルA面の曲はジョンとの共同作業で作ってきましたが、この曲は、ポールが初めて単独で制作しました。ジョンがポールの才能に脅威を覚えたのもこの曲です。これ以降、シングルA面をどちらが取るかで競争することになりました。

 

ポールは、もう少しトーンを抑えたややブルージーなヴォーカルもレコーディングしました。というのも元々ブルージーな曲にするつもりで作曲したからです。これはテイク2です。

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聴いてみてどうですか?何か違和感がありますね(^_^;)やっぱり、聴きなれたテイクの方が元気があっていいです。

 

ビートルズは、彼らの原点ともいえるモータウンやロカビリーの影響を受けたこともあり、アップテンポなアレンジの方がこの曲には合うだろうということで、ポールのヴォーカルも明るく元気なものが採用されました。シャウトこそしていないものの、力強さを感じさせるヴォーカルは、やはりリトル・リチャードの影響を想い起こさせます。

 

イントロなしでいきなりサビのタイトルをコールすることにしたのは、プロデューサーのジョージ・マーティンのアイデアです。狙い通りインパクトのある出だしになりました。ジョンとジョージが「ooooh satisfied」「ooooh just can't buy」とバック・コーラスを入れたテイクもレコーディングされましたが、結局、ポールのリードヴォーカルのみのテイクが使用されました。

 

この頃には既に4トラック・テープ・レコーダーが導入されていて、一人のダブル・トラック・レコーディングも空きトラックを使って簡単にできるようになりました。それで、ポールのヴォーカルはダブル・トラッキングになっていますが、ライヴで演奏する時はジョンがユニゾンで歌っていました。

 

そうそう、ダブル・トラッキングについて触れておきましょう。これは、プロデューサーのジョージ・マーティンとレコーディング・エンジニアのノーマン・スミスのコンビが、ビートルズの楽曲のレコーディングで採用したテクニックですが、2トラックのテープ・レコーダーしかなかった当時は、一人がヴォーカルを2度歌い、それを重ねました。そうすることでヴォーカルの厚みが増すんです。左側の人物がスミスです。

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ビートルズがこのテクニックを使うようになったきっかけは、ジョンが自分の声を嫌っていたからです(^_^;)彼は、自分の声にコンプレックスを抱いていたんです。あんな良い声をしているのに信じられませんけどね。ビートルズは、盛んにこのテクニックを用いるようになり、彼らが採用して以降、広く音楽界で用いられるようになり進化していきました。

double tracking

シングルA面でリードヴォーカルのみでコーラスがなくなったのは、これが初めてです。

 

2    シー・ラヴズ・ユー

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記念すべき初のミリオンセラーを獲得した作品ですが、ここでもポールの元気一杯のヴォーカルを聴くことができます。ジョンとのツイン・ヴォーカルで時にはユニゾン、時にはハーモニーと見事に切り替えています。コーラス系に分類しても良いほど、見事なコーラスを聴かせてくれます。

 

リードヴォーカルは、ポールで高音のパートを、ジョンは低音のパートを担当しています(ジョンがリードヴォーカルだと主張する人もいます)。 

 

ポールは「ノン・ヴィブラートの代表格」とご紹介しましたが、実は、この作品ではほんの僅かですが、ヴィブラートをかけているところがあります。といっても、よほど耳の良い人でないと聴き取れないとは思いますが…。

 

「bad」のところですね。ヴィブラートといっても、ジョンとのツインヴォーカルになっているうえに、小さく早いので殆ど聴き取れないでしょう(^_^;)

 

普段ヴィブラートをかけない彼らが、なぜここでヴィブラートをかけたのかは分かりません。下手に入れるとコーラスが崩れてしまいますから、2人で相談してかけたと思われます。

 

3 アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア

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この作品の歌詞は、冒頭に一般的にはカットされるカウントが入っている珍しいパターンになっています。

 

このレコーディングには大変苦労し、何回もテイクを重ねたためポールがイライラし、テイク9で半ばヤケ気味に「ワン、トゥー、スリー、ファ~~~」とシャウトしました。本来なら、最後は「フォー」ですからね(^_^;)

 

しかし、結果として曲の冒頭のこの部分が実に小気味良いアクセントになっていたため、このテイクのここだけを採用したのです。歌詞を「fahhh~!」と表記しているものも見受けられます。

 

サビのところは、リトル・リチャードの影響を感じさせ、ゴスペルっぽくファルセットを使わずにハイトーンを出しています。そして、ジョージのギターソロが終わると再びポールの熱いヴォーカルが始まり、一目ぼれした17歳の女の子とダンスしたいというほとばしる想いがリスナーに伝わってきます。

 

しかも、すごく忙しいベースラインを刻みながら、リードヴォーカルをやるんですよ。おまけにライヴ映像を観るとポールは、殆ど弦を押さえる右手を見ていません。いかに下積み時代からやりなれた曲とはいえ、初期の頃でももうこんなレヴェルの高いプレイをやっていたんです。

4 ホールド・ミー・タイト

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無邪気ともいえるポールの若々しいヴォーカルが聴けます。コアなファンの間でも評価が分かれる作品で、制作したポール自身も「仕事で作った曲」と語り、あまり評価していません。ジョンもあまり評価していませんね。私は、結構気に入ってるんですけどねえ~(^_^;)思わず手拍子を入れたくなる軽快な初期のマージービートだと思います。

 

実は、この曲は、ライヴでは一度も演奏されたことがありません。なぜでしょう?それは、レコードではFになっているキーが、レコーディングではEで演奏され、編集で回転数を半音上げたため、ライヴではレコードのように再現できなかったからです。ステージはもちろん、BBCでも演奏されませんでした。

 

ポールのヴォーカルはFでも問題なかったと思うのですが、キーをFにするとベースを弾くのが難しいみたいです。1963年に制作された曲ですが、この頃にはもうこんな編集をしていたんですね。回転速度を上げ下げするというテクニックは、後々まで使われることになります。

 

あっさり演奏できそうに思えますが、意外に複雑な曲構成でピッチの取り方やブレスの入れ方が難しいんです。また、同じコードが続く場合、短音では単調になってしまいがちなので、半音または全音を変えたりする「ラインクリシェというテクニックを使っています。これにより感動的で滑らかなメロディーを作りだすことができます。

 

この作品では、コードチェンジの間にサラッとヴォーカルを半音下げて聴き心地の良い流れにしていますが、決して全体のバランスを崩してはいません。ビートルズってこういう難しいことを何気にやっているので、良く知らない人には「大したことない」と誤解されてしまいがちなんですが、これもその例でしょうね。気に入った作品でなくても決して手は抜かない、これがビートルズの凄さです。

 

構造が複雑で演奏も難しいため、ファースト・アルバムでは満足のいくレコーディングができず、セカンド・アルバムに回されたのですが、それでも何度もテイクを撮りなおしました。もっとも、毎度のことながら、ジョンが歌詞を間違えたのが大きな要因ですが(笑)

 

下は、レコーディング・テイクです。スミスが何度も間違えるビートルズにイライラして「テイク23!」「24!」と怒鳴っているのが聞こえますね。レコードに比べると演奏しているキーが低いことが分かります。

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次回は、「うっとり系」をご紹介します。

(参照文献)enmore audio, RollingStone, soundscapes, Slate, THE BEATLES  MUSIC HISTORY

(続く)

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(号外)ポール・マッカートニーの2017年来日公演の裏話について

2017年のポール・マッカートニーの来日公演について、「もう来ない詐欺」とか「金儲け主義」とか、一部のマスコミが批判的な報道をしています。これについては、別のHPで反論していますのでそちらをご覧ください。

www.studiorag.com

1 ライヴへのこだわり

今回の日本武道館公演の裏話を2017年4月2日のInterFM897で倉本美津留さん、浦沢直樹さん、湯川れいこさん亀田誠治さん、森川欣信さんという自他共に認めるビートルズ・フリークの錚々たる面々が語っていました。

 

亀田さんは、2013年ポールが来日した時に直接取材で会ったことがあるんです。その時に、彼が未だにオリジナルのヘフナーを使い続けていることについて、あんな華奢なベースをツアーに使って大丈夫ですかと聞いたんです。そしたら、運搬する時は大事に赤ちゃんを抱くようにして、飛行機も楽器のためにファーストクラスを抑えているんだそうです。

 

それまでのツアーではリッケンバッカーを使っていたんですが、友人のエルヴィス・コステロからヘフナーを使うように勧められて替えたんだそうです。コステロは、観客がよりビートルズ時代のポールをイメージできると考えたのでしょう。大正解だと思います。ポール・マッカートニー=ヘフナーというイメージがファンの頭の中に出来上がっていますから。特に、ライヴではずっとヘフナーでしたからね。

 

亀田さんによるとポールがセットリストを変えないのは、曲が強いから、つまりどの曲も外せないからではないかということです。でもね、サウンドチェックの時には全然違う曲も演奏してるんです。福岡のリハーサルでは「ユア・マザー・シュッド・ノウ」を演奏しましたが、本番ではやらなかったんですね。

 

私は、サウンドチェックの抽選に応募したんですが、残念ながらはずれてしまいました( ノД`)

 

ポールが3時間ぶっ通しでライヴをやること、そしてその間水分補給を一切しないことは多くのファンが知っています。しかし、湯川さんによると、水分補給しないことにもちゃんと彼なりの理由があるんだそうです。実は、リハーサルの時はちゃんと水分というか、スペシャルドリンクを盛んに飲んでるんです。

 

2014年にポールが来日した際に急病になったとき、日本で彼を診察したドクターからは当然、脳梗塞心筋梗塞のおそれがあるから水分補給すべきと忠告されたそうですが、ライヴの途中で水分補給してしまうと、熱をもって膨らんだ声帯が水で冷やされて、声が変わってしまうのでやらないんだそうです。つまり、ポールは、ステージの上で死んでも構わないという覚悟で演奏してるってことですね。

 

2 日本武道館のもつ特別な意味

2015年に武道館でライヴをやって欲しいと日本側から要請した時に、ポール側のスタッフが何で5万人を集められるアーティストなのに、1万人しか入らない会場でやるのかという疑問を持ったんですね。それはそうでしょう、単純に考えれば客単価が上がりますから、それがチケット代に跳ね返ってしまいます。そして、ポール自身もあの武道館を打ち上げるまでは、それ程の思い入れはなかったようなんです。

 

しかし、日本側のスタッフは、武道館が日本人にとってどれだけ意味のある場所か、ポールがあの場所でライヴをやることがどれほど重要かについて熱心に説明しました。それに武道館はサウンドが良いんですね。

 

私も武道館へ行きましたが近いんです、ポールとの距離が。私は、ポールの左斜め後方の席だったからダメでしたけど、アーティストからは、ライヴハウスみたいに一番奥の観客の顔まで見えるんだそうです。ラッキーなら目と目が合うこともあります。これは実際に武道館のステージに立った亀田さんの証言です。

「ポール 来日 2015 武道館 ユニオンジャック」の画像検索結果 

武道館でのライヴでは、レット・イット・ビーの演奏の際に、コンピュータ制御で観客が腕に着けたリストバンドが、スタンド席はユニオンジャックに、アリーナは日の丸に点灯したんです。ポールは、このサプライズ演出に感激のあまり顔を両手で覆い、しばらく動けませんでした。

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それでポールは、翌日一人で自転車を漕いで武道館へ行き、しばらくそこに佇んで感慨にふけりました。翌日にわざわざライヴを終えた後の会場へ行くなんて、よほどのことがなけりゃそんなことしませんよ。

 

その後のインタヴューで、彼は、その時のライヴがどれほど伝説的だったかを語りました。さらにその後のロンドン、リヴァプールのライヴのステージでも、武道館がどんな素晴らしい場所で、そこにおけるライヴがどれほど素晴らしかったかを観客に語ったのです。

 

翌年の2016年のカナダ、ドイツ、アメリカのツアーでも、会場に日本人がボードを持っているのを見つけると、指をさしてこっちへおいでとか、ステージに上がるように促したりとか、大変な歓迎ぶりだったんです。

3 海外ツアーの開催は容易ではない

湯川さんは、ポールがセットリストを大きく変えないのは、自分が完璧にできる曲を演奏したいと考えているからではないかと推測しています。

 

亀田さんは、ポールのシャウトは凄くフレンドリーだと表現してますね。ラウドなんだけど暴力的ではない、暖かいシャウトだと。分かる気がします。

 

森川さんは、京セラドームで「私は1966年に武道館に行きました」と書いたボードを持って立っていたら、ポールにステージから指をさされて「君、武道館に来てたね。良く覚えてるよ。」と言われたんです。私は、その時そこにいてそのシーンを観てました。ポールのユーモアのセンスに感心したんですが、きっかけはファンが作ったんですね。

湯川さんによれば、ポールは、離婚した前妻のヘザーとの間に生まれた娘のベアトリスと、月14日面会しないといけないと義務付けられているんだそうです。つまり、そんなに長くロンドンを離れることができないんですね。そんな制約があるにもかかわらず、来日してくれるんですよ。

4 著作権問題

これは、上記とは別のお話ですが、ポールには著作権問題が重くのしかかっています。この問題は大変複雑なので詳細は別稿に譲りますが、一言でいえば「ポールは、自分がビートルズ時代に制作した楽曲の著作権を所有していない。」ということなんです。つまり、自分で制作した楽曲にもかかわらず、ライヴで演奏する時は、莫大な使用料を所有者に支払わないといけないのです。

 

ライヴを開催する時は、プロモーターが使用料を管理会社に支払います。そして、管理会社からコンポーザーなどに支払われるのです。ポールがビートルズ時代の楽曲を演奏すると、他のアーティストをカヴァーした時と同じように使用料が支払われます。つまり、プロモーターは、それを見込んで経費を積算しなければなりません。

 

これがいかに巨額かというと、例えば、「イエスタデイ」1曲で全世界で年間3,000万ドル(日本円で約32億5,440万円)が支払われていると推計されています。ポールがライヴを開催する時に、プロモーターが1公演当たりいくらの使用料を支払っているのかは不明ですが、推計すると約900万円近いのではないでしょうか(あくまで試算です)?

 

彼がソロになってからの楽曲については、いずれ管理会社から彼にコンポーザーとしての使用料が支払われますが、ビートルズ時代の楽曲については支払われません。もちろん、他の種類の料金は発生するので0円ということはありませんが、いずれにしてもキツい話です。

「自分の制作した楽曲なのに使用料を支払わないと演奏できない。」契約があるからとはいえ、アーティストにとってこれ程屈辱的なことはありません。ポールは、50年以上もこの屈辱に耐えてきたのです。

 

5 まとめ

つまり、ポールが来日公演を行うことは、それほど簡単ではない。」ということです。上記のような様々な制約をすべてクリアしないといけないんです。こういった背景+HPでご紹介した事情を理解すれば、彼の来日公演をあれこれ批判することはできません。

(続く) 

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(その118)ポール・マッカートニーのヴォーカルの凄さについて(その4)

引き続きポールのヴォーカルの凄さについてお話しします。

1 ハイトーン・シャウト系(続編)

3 カンザスシティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ!

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これも前期のカヴァー曲です。ビートルズが本当に天才だと思うのは、オリジナル作品ももちろんなのですが、カヴァー曲のアレンジが抜群に上手くてオリジナルを凌駕してしまうことですね。この作品もその典型的な例です。オリジナルの曲構成を巧みに変えています。

 

前にもお話したようにポールは、リトル・リチャードが大好きで、この曲もポールにとって最高のレコードの一つだとレコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックに語っています。

 

この曲の由来は、ちょっとややこしいんですが(^_^;)、オリジナルは、1952年にリリースされたリトル・ウィリー・リトルフィールドの「KC・ラヴイング」という曲です。

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リトル・リチャードは、1956年に「ヘイーヘイーヘイーヘイ」という全く別の曲をリリースしました。

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そして、先ほどのKC・ラヴイングにこれを付け加えたヴァージョンを「カンザスシティ/ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ」としてリリースしました。タイトルにスラッシュが付いているのはそのためです。

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いや、このアイデアは大したもんです。さらに「Hey!Hey!Hey!Hey!」とシャウトするところにスタッカートを入れてインパクトをより強くしました。

 

イギリスのチャートでは26位止まりだったんですが、リチャード好きのビートルズが見逃すはずはありません。レコードだけではなく、リチャードと共演した時に彼の演奏を聴いて、しっかりカヴァーしました。

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実は、ポールは、リチャードと共演した時に彼のヴォーカルを聴いただけではなく、シャウトの秘訣を直接教えてもらったのです。え?どんな秘訣かって?それは知りません。ポールに聞いてくださいな(笑)

 

ポールがイントロの後に高いキーで「Ah~」と入り、間奏の後に「Hey!Hey!Hey!Hey!」とシャウトするところがしびれますね。

 

「エイト・デイズ・ア・ウィーク」のイントロとアウトロの編集用テイクをレコーディングした後に、この曲のレコーディングを始めました。当時のビートルズは超過密スケジュールで、この時も全英ツアーの合間を縫ってのレコーディングだったんです。

 

それでなくてもポールは喉を酷使しているのに、「いきなりこんな高いキーの曲から始めるのか?」とエメリックは驚きました。ビートルズは、スタジオ入りしても時間がないため、ロクにウォームアップすらしていなかったのです。

まあ、並みのシンガーなら喉を潰してしまったかもしれません。しかし、そこは「超合金でできた喉を持つ男」です。彼は、下積み時代からずっと歌い込むことで喉を鍛えてきたのです。ビートルズは、自信満々でレコーディングに臨むと完璧な演奏を行いました。

 

2テイクレコーディングしましたが、最初のテイクが余りに素晴らしい仕上がりだったので、これが採用されました。数ある「ビートルズの一発撮り」の一つです。オーヴァーダブを入れてもたった30分で完成させてしまいました。

 

4 オー!ダーリン

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これは後期の曲になりますが、特にサビの部分でのポールの高いキーは、とても並みの男性では出せません。そのためか、他の曲とは違って女性が多くカヴァーしています。これは少女のカヴァーですが、大人顔負けですね。参った(^_^;)

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キーが高いだけではなく力強さも必要なため難易度が高く、ポールですらレコーディングでは苦戦しました。彼は、「5年前だったら、こんなの簡単にできたのにな。」と弱音を漏らした程です。

 

それでも彼は諦めず、喉が潰れるのも覚悟して、納得が行くまで何度もテイクを重ねました。そのため、ゆったりとしたテンポにもかかわらず、ポールの高音で力強いヴォーカルには鳥肌が立つような鬼気迫るものがあります。

EXCLUSIVE: Hear Paul McCartney’s Original Vocal Take From The Beatles’ “Oh! Darling” | Society Of Rock Videos

ジョンは、あまりに作品の完成度が高いこと、特にヴォーカルが素晴らしいことに感嘆し、自分に歌わせてくれと頼んだほどです。しかし、ポールは断りました。

 

そりゃあねえ、こんな名曲を人には歌わせたくないですよ。それに作詞作曲は、相変わらず「レノン=マッカートニー」になりますから、一般の人は、ジョンが作ったと誤解してしまいますしね。

 

ジョンは「曲は素晴らしいけど、ヴォーカルはイマイチだな。この曲は、ポールよりオレの方が上手く歌えたはずさ。ポールは、この曲を作って自分で歌った。ポールに才能があれば、オレに歌わせたはずさ(笑)」と悔しがりました。何かジョンの悔しさが伝わって来ますね。

 

逆に、ポールがジョンに「いいよ、その代わり、カム・トゥゲザーをオレに歌わせてくれよ。」って言ったらOKした?ジョン?絶対しなかったよね?(笑)

 

5    ヘルター・スケルター

これは、正にその後の「ハードロック」「ヘヴィメタル」「パンクロック」という新たなジャンルの先駆けともいうべきラウドな曲です。

 

実際、オジー・オズボーンジーン・シモンズらに多大な影響を与えました。エアロ・スミス、U2、ヴォン・ジョヴィ、オアシス、モトリー・クルーなど数多くのアーティストがカヴァーしていることからも、その影響の大きさがうかがい知れます。

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ヴォーカルの強烈なシャウト、鼓膜を破るかのような激しいサウンドがイントロからエンディングまで響き渡ります。

 

しかも、キーが高いんですよ、この曲。それでシャウトするんですから、普通の人がやったら確実に喉が潰れます。「ポールはキレると怖い」という評論家の評論もありますが、本当に何かに憑りつかれたんじゃないかと思うほどシャウトしまくっています。とても「イエスタデイ」を歌ったヴォーカリストと同一人物とは思えません(^_^;)

 

ポールは、ザ・フーピート・タウンゼントが、1967年10月に「恋のマジック・アイ」というシングルをリリースした時に、メロディーメイカーのインタヴューで「今までのどの楽曲よりも激しく妥協のない曲」と語った記事を見て、それに触発されて制作したと語っています。

 

ヘルター・スケルターとは、名詞としては、公園などにある子どもの遊具でらせん式の滑り台を指し、形容詞としては、混乱しているという意味になります。こんな感じですね。

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ポールのヴォーカルが冒頭から徐々に盛り上がって4小節目で最高潮を迎えますが、それにつれてリンゴのスネアも激しさを増していきます。5小節目の最後に「Yeah!Yeah!Yeah!」とポールのヴォーカルが入りますが、これは「シー・ラヴズ・ユー」のコーラスを再現したものです。

 

この作品ではポールの要求により、リヴァーブやエコー、ADTそしてディストーションがふんだんに使用されています。最初の8小節にポールのシングル・トラックのヴォーカルの強いエネルギーが凝縮されています。

ポールのメインヴォーカルのバックでジョン、ポール、ジョージが3メジャーで「Ah〜」とコーラスを入れています。9小節目の演奏とポールのヴォーカルは完全にアドリブです。

 

ポールは、2009年7月17日〜21日に、ニューヨークのシティ・フィールドでライヴを開催し、この時演奏されたヘルタースケルターは、「Good Evening New York City」というアルバムに収録されました。そして、ポールは、グラミー賞のベスト・ソロ・ロック・ヴォーカル・パフォーマンス部門を受賞しました。

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66歳でしかもライヴ・パフォーマンスでヴォーカルが評価されるとは、流石ですね。

 

6 その他

ジ・エンド、アイヴ・ガット・ア・フィーリングなどポールのハイトーンヴォイスは、様々な曲で聴くことができます。 

 

次回は、「明るく元気系」に移りましょう。

(参照文献)BEATLES MUSIC HISTORY, BEATLES RECORDING SESSIONS

(続く) 

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(その117)ポール・マッカートニーのヴォーカルの凄さについて(その3)

1 自然と身につけたヴォーカル・スタイル

私が参加しているファン・グループのある方から、ビートルズの発声法について情報を提供していただきました。

 

プロのヴォイス・トレーナーによると、彼らは、例えば「シー・ラヴズ・ユー」の時に頭を振って発声しているが、あれはパフォーマンスだけではなく、発声法としても理にかなっているということです。

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つまり、ヴォーカルは、首の後ろから鼻腔も開いて発声しないといけないのですが、頭を振ることで自然にそれができ、喉をリラックスさせて良く声が出るようにしています。彼らは、誰に教えてもらったわけでもなく、自然とそういったスタイルを身につけていたとのことです。

 

2   ミックスヴォイスの達人

先にポール・マッカートニーは、「ノン・ヴィブラートの代表格」とご紹介しましたが、同時に彼は、ミックスヴォイスの達人」でもあります。

 

ミックスヴォイスの定義自体諸説があるところですが、簡単に言うと「高音を地声のように出すこと」です。中低音から高音まで滑らかに出せることがポイントです。

 

普通、高音を出そうとすると声が裏返ってしまいますが、そうではなくて地声の延長で高音を出すのです。PAでヴォーカルの音量を増幅できるポップスやロックシンガーは、大体この発声法を使っています。

 

言葉で表現すると簡単ですが、トレーニングしないとなかなか難しいです。ポールがレッスンを受けた記録はないので、自然に出せたかあるいは自分なりに出せるよう努力したのでしょう。

 

ポイントは、声帯を閉じて高音を出すことですが、決して声帯に力を入れずリラックスさせることです。また、鼻と口との間にある「鼻腔」という空間を活用することにより、より声が良く響くようになります(鼻腔共鳴)。

 

3 アレクサンダーテクニークの導入

​さらに調査した結果、ビートルズ解散後のようですが、ポールは、「アレクサンダーテクニーク」と呼ばれるレッスンを受けています。

 

これを創始したのは、F.M.アレクサンダー(1869-1955)というオーストラリアの舞台俳優です。彼は、舞台で声が出なくなったため、その原因を探求したところ、身体と心が密接に連携していることに気づき、このテクニックを開発しました。

「アレクサンダーテクニーク」の画像検索結果 

今やこのテクニックは、舞台や音楽、医学など様々な分野で取り入れられ、ポール・ニューマンキアヌ・リーブスヒュー・ジャックマンなどの俳優、ポールやスティング、マドンナなどのアーティストなど数多くの著名人や団体が採用しています。ごく簡単に表現すると「身体の悪いクセを矯正し、リラックスさせて最高のパフォーマンスができるようにする」テクニックです。

 

ポールが未だにライヴを続けられるのも、これをマスターしたからかもしれません。

 

 

4 具体的な作品

では、いよいよ具体的な作品でポールのヴォーカルをご紹介します。前回の記事で彼は七色の声を持つとご紹介しましたが、【1】ハイトーン・シャウト系【2】明るく元気系【3】うっとり系【4】お茶目系【5】野太い系【6】コーラス系に分類して解説します。

 

5 ハイトーン・シャウト系

ポールは、女性並みのハイトーン・ヴォイス、そして強烈なシャウトでリスナーを圧倒します。

1    ロング・トール・サリー(のっぽのサリー)

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ポールのヴォーカルを語る上で絶対にはずせない初期を代表する名曲です。イントロなしでいきなり天井をぶち破るかのようなポールのハイトーン・ヴォイスが炸裂します。

 

これでKOされた人は、世界中にいるでしょう(私もそうです)。オリジナルは、リトル・リチャードなのですが、ポールは、完全に彼を凌駕しています。オリジナルと比較してみましょう。

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ビートルズがオリジナルのキーであるFを意図的にGに上げたのは、その方がよりポールのハイトーン・ヴォイスを効果的に使えると考えたからです。

 

この曲は、アマチュアの頃からカヴァーしているポールの十八番(おはこ)であり、その自信も手伝ってキーを上げただけでなく、彼の得意のメロディアス・ベースの腕前も披露して、その音楽的才能の素晴らしさを見せつけています。

 

その狙いが大成功だったことは、仕上がった作品を聴けば分かります。しかも、これほどの作品を既に下積み時代に完成させていたのですから、ビートルズのアレンジ能力の高さには、敬服するほかありません。

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冒頭の3小節は、ポールのヴォーカルをよりインパクトの強いものにするために、他の3人は、ギター・リフおよびドラム・フィルを抑えめにし、4小節から一斉に激しくスタートを切りました。このようなメリハリを付けたことで、実に効果的にポールのヴォーカルを引き立てることができたのです。

 

ポールは、リチャードが大好きで彼のマネからスタートしたのですが、この曲では強烈なシャウトで完全に彼を圧倒しました。この作品は、初期のライヴのセットリストには締めの曲として良く入れられていましたが、こんな高い声でシャウトして良く喉を潰さなかったなと感心します。

 

レコーディングは、何とワンテイクで決めました。ポールのヴォーカルとベース、ジョン、ジョージのギター、リンゴのドラム、それにジョージ・マーティンのピアノを加え、新たなテイクを撮る必要も無い程会心の出来だったのです。

 

1962年10月12日、リヴァプールのタワー・ボール・ルームのコンサートで共演したリトル・リチャードは、ポールのヴォーカルの魅力についてこう語っています。

 

「ポールは、特に私の曲が気に入っていて、高校生の頃から演奏していた。彼は、私のシャウトに感銘を受け、私のリヴァプール、それから翌月にあったハンブルクのステージでは、袖にいて私が歌うところを観ていた。誰もがステージで私の曲の一つを歌えば、それで会場全体が明るくなることを知っていた。」下がその時の写真です。

「little richard beatles」の画像検索結果

中央の人物がリチャードですが、顔デカっ!FAB4より一回りでかいよ。ちっとも「リトル」じゃないじゃん(笑)もしかして、リチャードだけ前に出てるの?いや、遠近法おかしいって。 

 

2 アイム・ダウン

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これまた前期の曲の中で、ポールのヴォーカルを語る上において絶対に外せない曲です。前述のロング・トール・サリーをオリジナルにした感じでしょうか。イントロなしでいきなりポールのシャウトからスタートする辺りはよく似ていますね。

 

動画は、伝説のアメリカ、シェイスタジアムでのライヴです。この時は4人がノリまくり、特に間奏でジョンが肘を使ってエレクトリック・ピアノグリッサンドしているシーンが圧巻です。

ポールもロング・トール・サリーをモチーフにしたことは認めていますが、実際には抽象画を描くようなものでそう簡単にできたわけではなく、完成するまでには時間が掛かったと語っています。つまり、彼が言いたいのは写実的な絵は描けるが、却って抽象画の方が何を描けば良いのか分からないという意味で難しいということです。

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この曲が完成してからは、ロング・トール・サリーに代わり、ライヴの締めの曲として使われるようになりました。

 

ポールは、この曲ではヴォーカルに集中するためにベースは控えめにしています。彼は、このヴォーカルについてこう語っています。

 

「私は、リトル・リチャードの声を目指したんだ。ワイルドでちょっとかすれた声で叫ぶ。まるで幽体離脱したみたいにね。自分の現在の感覚から離れて、自分の頭の上に足を乗せて歌うんだ。実際に自分の身体から離れないといけない。そのことに気づくと、ちょっとおかしなトリックみたいで面白いんだよ。」

 

 

抽象的表現の権化ともいえるジョンとは対照的に、ポールは、平易な言葉で表現する達人ですが、う~ん、これはそんな彼にしては珍しく抽象的な表現で難しいです(^_^;)

 

幽体離脱」ってどういうことですかね?自分だけど自分でない?自分自身を俯瞰して見下ろせってこと?まあ、どっちにしろアマチュアバンドの皆さん、この曲のヴォーカルをやる時は、ポールのこの言葉を参考にして下さい(って参考になるのかな?)

ポールは、カヴァーの「ロング・トール・サリー」で師匠のリトル・リチャードを凌駕し、さらにオリジナルの「アイム・ダウン」でより高いステージへ駆け上ったのです。

(参照文献)BEATLES MUSIC HISTORY, THE BEATLES BIBLE 

(続く)

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(号外)マーク・ルイソンから返信がありました

「船村徹」の画像検索結果

以前、ビートルズ研究の第一人者であるマーク・ルイソンに、ビートルズの才能に世界で初めて気が付いたのは、日本の作曲家の船村徹氏かもしれないとのメールを送りました。そして、それに対し大変貴重な情報と考えるとの返信があったことをお伝えしました。

 

その後何の音沙汰も無かったので、やっぱり大した情報じゃないとシカトされちゃったかなと思っていました(^_^;)

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しかし、また彼から久しぶりにメールが届いたのです。驚きながら目を通してみました。内容は以下の通りです。

 

 

「拝啓

晋司様

私は、執筆活動でとても忙しく、返信が遅くなり申し訳ありません。

情報を提供して頂きありがとうございます。私は、船村徹氏について何も知りませんし、率直に申し上げてあなたの情報をそのまま受け取ることはできません。

しかしながら、私は、オープンな気持ちで、できる限りこの情報を注視していきたいと思います。

私は、あなたが情報を私にもたらしてくれたこと、そして私の著書であるTUNE INを読んでくれていることに感謝しています。次の第2巻に是非注目して下さい。

敬具

マーク・ルイソン」 

 

というわけで残念ながら、私が提供した情報が彼の著書の一部に採用されることはなさそうです(^_^;)

 

まあ、仕方ないですね。これが真実であるという根拠はありませんし、仮に真実であったとしても、船村氏がビートルズに対し直接アクションを起こしたわけでもないので、薄い情報であることに違いはありませんから。

 

もし、船村氏が、ビートルズをEMIに紹介し、それをきっかけに契約したような事実があれば、それは歴史に刻まれたでしょう。

 

ただ、唯一の救いは、ルイソンが私の情報をガセネタ扱いせず、頭の片隅に置いてくれたことです。毎日世界中から大量のメールが来ている中で、私の情報に着目してくれただけでも幸運だったというべきでしょう。​いや、それ以前に、彼のような雲の上の人と直接コンタクトできただけでも幸運です。

 

え❓秘書か誰かの代筆だったんじゃないかって❓確かにその可能性も否定はできませんが(苦笑)、メールの文面が非常に具体的であること、そして彼のこれまでの執筆活動からその誠実な人柄が窺えることから、そのようないい加減なことをする人物ではないと思います。

 

それで、私も以下のように返信しました。

「拝啓

マーク・ルイソン様

執筆活動で非常にお忙しいうえ、毎日送られてくる大量のメールに目を通すだけでも大変であるにもかかわらず、返信を頂戴し感謝しております。

私は、あなたが私の情報を注視してくれたことを光栄に思っています。

実際のところ、私の情報にはそれが真実であることを証明する根拠がありません。 さらに、仮にそれが事実であったとしても、あなたがそれに価値がないと思うのは合理的だと思います。

船村氏がビートルズの才能を見つけてEMIに紹介し、それをきっかけにビートルズと契約したという事実があれば、それには重要な価値があるかもしれません。 彼は特別にEMIから招待されていたので、やろうと思えばできただろうと思いますが、残念ながらそこまではしませんでした。

しかし、私は、あなたの記憶の隅にこの情報を書き留めることができただけでうれしいです。

次巻のTUNE INを楽しみにしています。

敬具
和田晋司」

 

ルイソンからのメールは、私個人のお宝として保存しておきます。あんな大物と直接コンタクトできたことは、ファンの皆さんにだけはプチ自慢できますね(#^.^#) 

 

それでは、またポールのヴォーカルのお話に戻ります。しまった、もっと早く書き始めれば良かった。来日までに間に合いそうにない(>_<)

(続く)

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(その116)ポール・マッカートニーのヴォーカルの凄さについて(その2)

前回に続き、ポールのヴォーカルの凄さについてお話します。

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1 ノン・ヴィブラートの代表格

プロの歌手の多くは、ヴォーカルにヴィブラートを掛けます。ヴィブラートとは、演奏やヴォーカルで音を伸ばして出す時に、音程を素早く上下させたり音量を大きくしたり小さくしたりするテクニックです。図解するとこんな感じです。

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ヴァイオリンなどの弦楽器では、弦を押さえる指の位置を細かく揺らせます。ブルース・ギターの巨人、B・B・キングの解説です。

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 「ヴォーカルにヴィブラートをかけないプロ歌手はいない。」と思われている方も多いかもしれませんが、決してそんなことはありません。ノン・ヴィブラートでヴォーカルをやっているプロもいます。ビートルズは、全員がそうですね。

 

なぜヴィブラートをかけるかというと、その方がサウンドに余韻が残り、聴いていて心地よくなるからです。逆にヴィブラートをかけないと、奥行きのないフラットなサウンドになってしまいます。

 

ですから、ヴィブラートをかけずに、しかもリスナーを感動させる方が却って難しいんです。それに音を長く伸ばすロングトーンをヴィブラートなしでやると、声を伸ばすにつれ自然に音程が下がってしまう欠点もあります。

 

ヴィブラートについての動画の解説を観てみましょう。1分辺りからヴィブラートをかけないで歌った場合と、かけて歌った場合とを比較しています。やはり、かけた方が美しく聴こえますね。

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このようにヴィブラートは、ヴォーカルをリスナーに美しく聴かせるためのテクニックですから、あえてヴィブラートをかけないで歌うには相当魅力的な声であるとか、他のテクニックを使うといった要素が必要になります。つまり、ノン・ヴィブラートによるヴォーカルでリスナーを魅了する方が余程難しいんです

 

ヴィブラートをかけるというと難しいように聞こえますが、実は、練習すればできるようになるんです。逆に、プロの歌手が、敢えてヴォーカルにヴィブラートをかけないことは、かなりのハンディキャップを背負うことになります。

 

ところが、こんな不利な条件があるにもかかわらず、ポールは、ヴォーカルにヴィブラートをかけませんでした。アンド・アイ・ラヴ・ハーのようなバラードであっても、ノン・ヴィブラートで歌っていました。何故かは分かりませんが、ポールは、ヴォーカルにヴィブラートをかけるのが嫌いだったのです。

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ヴィブラートをかけるとこうなります。これは、同じ曲をアメリカの歌手、俳優のハリー・コニック・ジュニアがカヴァーしたものです。

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何故、ポールがヴィブラートを嫌ったのか、彼自身そのことについて語っていないので正確なことは分かりませんが、一つは、ハモりの時に邪魔になる可能性があることではないかと思います。

 

ハモる時にヴィブラートをかけてしまうと、音程が揃わずハーモニーが崩れてしまいます。ビートルズの楽曲は、コーラスが入るものが多かったので自然にそうなったのかなとも思います。ただ、これには反論があって「ヴィブラートを入れつつハモることはできる」とする方もいます。確かに、クラシックの合唱などはそうですね。

 

もう一つ考えられるのは、メロディーに対する拘りが強かったのではないか、つまり、ありのままの美しいメロディーを聴かせたかったのではないかということです。オペラは、強くヴィブラートをかけますが、あれだと芝居がかり過ぎてあまりに不自然な印象を与えると考えたのかもしれません。

 

それを示すエピソードとしてこんなのがあります。ポールは、イエスタデイで弦楽四重奏をフィーチャーする時に、プロデューサーのジョージ・マーティンに対し、「ヴィブラートはかけないでくれ」と要求しました。

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そもそも弦楽四重奏をフィーチャーすること自体にも、ポールは反対していました。マーティンの説得により渋々OKしたものの、それでもヴィブラートはかけるなと要求したのです。彼は、純粋なサウンドが欲しいという理由を挙げていました。しかし、ヴァイオリンなどの弦楽器は、ヴィブラートを入れて弾くのが当たり前なので、流石にこの要求も却下されました。

 

このエピソードからすると、ポールは、余程ヴィブラートが嫌いだったみたいですね(^_^;)幼い頃、彼は、近所の教会の聖歌隊に所属していた時がありました。聖歌隊の合唱は、ボーイソプラノでヴィブラートをかけません。こういう体験もひょっとすると関係したのかもしれません。あくまで憶測です。

2 天賦の才と後天的な努力

ポールだけではなく、ビートルズは、全員が正統な音楽教育を受けていません。ポールは、父親が地元のミュージシャンだったため、クラシックピアノやギターのレッスンを受けることはできました。

 

しかし、それ以外の3人は労働者階級出身でしたから、プロのレッスンを受ける経済的余裕はとても無かったのです。すなわち、自分の天賦の才と後天的な努力のみで実力を磨いたのです。ですから、信じられないことですが、彼らは、超一流のプロミュージシャンであるにもかかわらず、譜面の読み書きができなかったのです!

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譜面の読み書きができなかったからといって、Don't let me down(がっかりさせないでくれ)とは言わないでください(笑)プロデューサーのジョージ・マーティンは、ジャーナリストのレイ・コナリーのインタヴューに対しこう応えています。

 

「ポールは、譜面の読み書きはできなかったが、私が知る限り最高のミュージシャンだ。何故そう言えるかというと、それは、彼が音楽というものが何であるか、それをどうすれば作り出せるかを天賦の才により理解していたからだ。私も同じ才能を持っていた。だから、私とポールは親密な関係になれたんだと思う。」

 

譜面の読み書きができなくても、作曲や編曲、演奏には何ら支障はありませんでした。彼らは、歌詞とコードを書いたメモさえあれば、メロディーはジョンやポール、あるいはジョージがガイド演奏したりハミングすれば、それで全員が合わせることができたのです。これはビートルズを結成してから解散するまで一貫していました。マーティンが必要に応じて譜面を書いていたのです。

彼らが天賦の才に恵まれていたことはもちろんですが、それに加え練習や研究も怠りませんでした。「天才が努力するとこうなる」という典型的な例でしょう。 

3 ポールの歌い方の分類

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これは専門家が分類した訳ではなく、私が分かりやすいように適当に分類しただけです。人により分類の仕方は様々ありますから、その点はご承知おきください。また、同じ作品でそれぞれが同居している場合もあります。

(1)ハイ・トーン系

代表曲:ロング・トール・サリー(のっぽのサリー)

ポールは、普通の男性にはとても出せないようなハイ・トーンを発声することができました。しかも、この曲は彼のヴォーカルそのもののパワーも凄いです。

(2)シャウト系

代表曲:ヘルター・スケルター

強烈なシャウトをぶちかまします。現代のヘヴィ・メタルに通ずるものがあります。

(3)明るく元気系

代表曲:シー・ラヴズ・ユー

明るくはつらつとした若さを感じさせるヴォーカルです。

(4)うっとり系

代表曲:ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア

ウットリと聴き惚れてしまう美しいヴォーカルです

(5)お茶目系

代表曲:オブラディ・オブラダ

コミカルでリラックスした感じが出ています。

(6)野太い系

代表曲:レディー・マドンナ

腹に響くような野太い低音を聴かせます。

(7)コーラス系

代表曲:ビコーズ

ジョン、ジョージと共に絶妙なハモりを聴かせます。「ビートルズは、偉大なコーラスグループでもあった」と実感させられます。

 

具体的な作品については、次回でお話します。

(参照文献)True Strange Library, BEATLES MUSIC HISTORY, THE BEATLES BIBLE

(続く) 

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(その115の2)ポール・マッカートニーのヴォーカルの凄さについて(その1の訂正)

前回(その115)の記事で「ポールは絶対音感の持ち主だと思わざるを得ません」と記載しましたが、その後の調査でポールは絶対音感の持ち主ではない可能性が高くなりましたので、お詫びして訂正します。

 

​神経学者であり音楽家でもあるダニエル・J.レヴィティンは、論文「絶対音感の功罪」でポールは絶対音感を持っていなかったと記載しています。また、同様の記事は他の人が書いた資料にもあるので、ポールが絶対音感を持っていなかったことは、どうやら正しいようです。

 

レヴィティンは、音楽と脳との関係について研究している人物です。ポールは、レヴィティンの著書「音楽好きな脳(西田美緒子訳、白揚社)」を読み、第2章まで読んだところで、これ以上読むともう作曲ができなくなってしまうと不安になり、読むのを止めてしまったそうです。

(西田美緒子訳、白揚社・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

天賦の才で作曲してきた彼が、学者の音楽理論を読んだら却って混乱してしまうでしょうね。ですから、読むのを止めたのは正解だと思います。また、そう考えると、ビートルズが正統な音楽教育を受けなかったことは、本当に良かったなと思います。天才の彼らにとって既成の音楽理論は邪魔でしかなかったでしょう。

 

もちろん、基本的な理論は別です。ただ、彼らが既成概念にとらわれない斬新な楽曲を制作できたのは、既成の枠にはめられることも大きかったといえるのではないでしょうか。

 

ただ、申し添えると、くれぐれも絶対音感がないと一流のミュージシャンとは言えない」などと誤解しないで頂きたいのです。トッププロでも絶対音感を持っているのは、ごく一部しかいません。逆に絶対音感を持っていても、ミュージシャンでない人の方が多いのです。

 

つまり、絶対音感と音楽的才能とは殆ど一致しないということです絶対音感は音楽の制作や演奏に不可欠のものではなく、あれば役に立つといった程度のものです。

 

というわけで、前回の記事中、ポールの絶対音感に関する部分は撤回させて頂きます。無用の混乱を招いて申し訳ありません。

(参照文献)ABSOLUTE PITCH-BOTH A CURSE AND A BLESSING, StringKick

(続く)